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鎌倉千一夜  作者: Kamakura Betty
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第41夜 ちゃぼのGマイナー

 マサアキのマチャアキじゃなくてマサハルがマチャハルになって、やがてチャハルがちゃぼになった。ちゃぼなんて鶏は気にしたことなかったが、あだ名にされては一応知っておく必要はあった。ちっちゃな鶏ということはわかったが、それよりちゃぼと言えば仲井戸麗市だった。そうRCサクセションのギタリストの愛称だ。そんな達人じゃなく、こっちはしがない田舎の高校生だ。

「そりゃスケールちっちええなぁ。まあうずらよりはマシだけどな」

 いつも雑誌を買いに行く本屋のオヤジは同情を込めてお釣りを渡してきた。期末試験が終わり我慢していたホットドッグアイを買うため学校の帰りクラスの直人を付き合わせたら、二人の会話から私のあだ名を聞き拾ったようだ。まったく面倒なことになった。絶対このオヤジはこれから私が行くたびにちゃぼちゃぼ言うはずだ。周りの客はちゃぼなんて呼ばれるのはどんなやつだと私を見るはずだ。まったく面倒くさい。

 ホツトドッグアイは月2回刊の男性誌。月刊よりスパンが短いから待つ身としてはありがたい。年間に倍の号を出せるからか、毎号攻めた内容の巻頭大特集を繰り出してくれる。倍の出費は痛いがこの圧倒的な情報量を考えるとコスパは悪くないと思っている。さっき買ってきた号は『1981年ファッション コンプリートマニュアル』。家に着いて間もないので、まだ目次後の数ページしか読んでいないが、春先の特大号だけあって特集前のコラムだけでも明日から外に出たいと思わせるネタだらけだ。見開きの左ページが広告でその対向の右ページに1ページ完結のコラムや新商品紹介が続々と繰り出される。コラム『世界の目利きたち』は大都市のセレクトショップオーナーが厳選したイチオシの商品を地元で今流行しているカルチャーとともに紹介するページ。今回はロンドンの音楽シーンと白いピーコートだ。あのカセットテープのCMでスタイルカウンシルが着ていたやつだ。スパンダーバレエ、ロキシーミュージック、アズテックカメラ…、とりあえずCDなら田舎でも聴くことはできるので気分だけでも浸れはするが、

「マサハル、ご飯らてえ」

おかんに呼ばれたとたん、ブリティッシュではなくブリテリの現実に引き戻され、萎える。

 試験も終わり面白い番組もない火曜日だから、晩飯後は自室に籠りアンプラグドのエレキを爪弾く。ほぼ毎回ディープパープルのスモークオンザウォーター。正直他の曲は満足に完奏できないのだ。唯一のこの曲、しかも前奏の最初だけ。この前奏は簡単な割にその気になれるので、ついここばかり弾いてしまう。でも弾くほどに気分が萎えるのはGマイナーのせいか? それこそ仲井戸麗市のように仰け反りながら弦を掻きむしりたいが、いつか隣部屋の兄貴にうるさいとスリッパで頭を叩かれてから、兄貴の気配のある日は静かにしていなくてはいけない。今日もだ。

 試験明けの開放感がどうにも弾け切れない。夜のしじまに飛び出してみたとこで、静けさに拍車をかけるように一面の田んぼだ。しかもちらほら残雪が残る休耕田。電柱の小さな傘付き電灯はフィラメントがかろうじて繋がっているだけのようで点いたり消えたりしている。まったくもって萎える。自室のベッドにゴロンと横になり天井のライトの眩しさを避けるためにホットドッグアイを無造作に開き顔の上に乗せる。

「何かご臨終の気分だなあ」

気を取り直して、ホツトドッグアイを両手で持ち上げると、たまたま開いていた見開きはハードボイルド作家・南方憲一の人生相談だった。

先生、僕はあらゆることに興味が行ってみんな浅い知識ばかり。友達と話していてもある程度は合わせられますが、その先のマニアックな領域に入るといつも地蔵さんのようになってしまいます。どうにか知識を掘り下げようと思い専門書を読み始めると、そこに出てくることが気になり、気持ちがまたそっちに行ってしまいます。どうしたらいいでしょうか?

なんだかそれは悪いことじゃない気がする。むしろその前向きさは羨ましくもある。

#

それは最高じゃないか。友達はある領域には強いかもしれないが、そんな広範囲に知識を持つヤツはそう多くないはずだ。君は今後は地蔵にならず、「それについてはニーチェがこんなことを言っている…」なんて自分の方に話を移してみたらどうだ? 知識は深いにこしたことはないが、派生して広がりがある方がいいんだ。考えてもみな、先達が掘り下げた場所には結果しか残っていないが、その脇にはまだ新たな可能性があるわけじゃないか。広げる方向は君次第だ。それが君オリジナルな発想という結果に繋がる。ただしな、上には上がいるということは常に忘れちゃいけないぞ。どんどん興味を広げろ! 決してちっちゃい穴に満足しちゃいけないぞ!

#

「熱いな先生」

だが"ちっちゃい“という文字が強烈に心を逆撫でしてきて、勢いよく半身を起き上がらせた。

「本屋のオヤジといい、ちっちゃいちっちゃい言うんじゃねえよ!」

またエレキを手にするとスモークオンザウォーターを爪弾く。どんどん心がGマイナーの煙に燻っていくのを止めることはできなかった。

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