第30夜 病室の万華鏡
家では現実から目を背けていた。2年前妻に先立たれ独り身の新津雅男はついに痛みに耐えられなくなった。ある日右の腿の内側にできた傷がいっこうにかさぶたにならずジクジクしたままなのを別段気にすることなくやり過ごしていたものが半年後に膿が出るようになり、その後鈍痛へと変わっていった。いやな気持を紛らわすために、定年後に始めていた趣味の園芸に没頭するようになった。やがて家のプランターでは飽き足らず近所の公園の雑草を抜き、枯れ枝を処理し、それでも物足りなさから枝を剪定するようになった。無秩序だった花壇に現れた空きスペースに自分のプランターで繁殖しすぎたハーブなどを植えた。本来は公共の場所なので許可なく手を加えるのはよくないのだが、日に日に整備され奇麗になっていく公園を見て近所の人たちには誰も文句をものはなく、むしろお礼をしていくほど感謝されることとなった。
そうして四季を一巡すると雅男は翌年の植栽計画を立てることにした。剪定により樹形を整え、せっせと種を蒔いた。近所の人たちに説明するためにその過程をSNSにもアップした。近所の人たちのアクセスやコメントがうれしく、記事作りに熱が入るほどにその投稿は近所の人たちだけでなく他県の人からもコメントが入るようになった。鎌倉はある程度暖かいエリアに属し、栽培できる品種は多い。農家も鎌倉野菜というありがたいお墨付きのもと、おなじみのものだけでなく外国の品種にもトライし、色鮮やかなものや見慣れない形状のものなどの栽培に成功し、市街の市場である連売には地元住民や飲食店だけでなく都内からもシェフたちが車で仕入れに来るほどになっていた。「鎌倉光合成」こと雅男のSNSはキーワード検索で多くのニーズにヒットし拡散した。しかし雅男の痛みも日に日に腿からさらに下のほうへ拡散していった。靴も履けないほど足が腫れた時、鈍痛は激痛に変わり救急車を呼んだ。
雅男は大部屋の入口の3方向カーテンで仕切られた息苦しいベッドで天井を見つめていた。歩くこともままならず、ずっと横になり続けることを強いられる身になった。子供のいなかった雅男を見舞う者はもはや弟しかいないが、その弟も九州に暮らしているためそう簡単に来ることもできないのだ。救急車内の処置以降、何とか激痛からは免れてはいるが、着の身着のまま付き添いもなくここへ来たので、私物は持ってくることはなかった。寝返りもままならないのでベッドの右脇のテレビも首が疲れ、やがて消した。眠さに任せて過ごすので、目が覚めてからは意識だけが明瞭で、いろいろな五感が敏感に働く。病室には自分より強い痛みが襲うのだろう、周期的に呻きを上げる患者がいる。どんな状態で痛みに耐えているのか…? カーテンの向こうはうかがい知れない。看護婦たちもそんな状態にすっかり慣れており、やって来ては患者の耳元で小さな声で励ますくらいしか対応できていないようだ。雅男が足の攣れるるような痛みで夜中に目を覚ますと、その患者はずっと前から呻き続けていたようで、その低い声は疲労感を帯びている。来る日も来る日も昼夜問わずその周期的な呻きは続いた。雅男は耳栓を持ってこなかったことを悔いた。
最新医療に助けられ雅男の足は失わないで済んだが、長い間放置していたことで治療は試行錯誤を繰り返し、入院は長期化を避けられなくなってきた。雅男は意を決してこの入院を弟に知らせ、家から身の回りのものとノートパソコンとイヤフォンを持ってきてもらう様に頼んだ。弟は火曜の11時ごろ九州からやって来て、一度病院で鍵を預かるといくつかの手提げ袋を持って戻ってきてくれ、1時間ほど近況を話した後とんぼ返りで九州へ帰っていった。弟はプランターの花たちがすっかり枯れていることを教えてくれた。ベッドの上では何も施すことはできなかったが、手塩にかけた花たちのことを思うと心から申し訳なく思った。
雅男は公園のことを思い出した。あそこは地植えだからある程度は枯れずにいるはずだが、手入れがないままふた月ほどが経っているから見るも無残な状態だろう。金木犀は橙色のじゅうたんを敷いたように小さな花をびっしりと木下に落とし、種をまいたラベンダーは絡まるように繁茂しているだろう。整備する前、あそこはドクダミ原のようだったから、またあんな風に蔓延っているんだろう。SNSをもう一度見てみようと思った。ブラウザの上部にはそのまま開かれたページがタブで残っていた。クリックすると私が最後にアップした画像が映る。サルスベリを覆ってしまいそうなザクロの枝を選定した時の写真だ。サルスベリは無事咲いたのだろうか…、雅男は何気なくいつもの調子でリロードマークをクリックした。リロードマークは回り続け、数十秒後に開いた画面に雅男は息をのんだ。先ほどのサルスベリの写真に戻るのが困難なほどコメントのタイムラインが続いている。
一つ一つに目を通していると時間はあっという間に経過し、消灯の時間にも気付かず時計は深夜1時を指している。雅男のベッドを囲うカーテンだけうっすらと光を帯び続けていた。SNSのコメントは「鎌倉光合成」からの記事が停止していることへの心配の声で始まり、やがて公園の近所の人たちによる生育状況報がアップされていた。その後も刻々とアップされるコメントで画面を塗り替えていく。まるで万華鏡のように。カーテンに囲まれたベッドテーブルのノートパソコンのモニターはあの公園に向いた窓になっている。自分の体はまだまだこんな事では動じないぞ。夢は枯野を駆け巡るのだ。




