第26夜 胡蝶の夢よ
「昔者莊周夢爲胡蝶。栩栩然胡蝶也。自喩適志與。不知周也。俄然覺、則蘧蘧然周也。不知、周之夢爲胡蝶與、胡蝶之夢爲周與。周與胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。-荘子」
章に区切りが来たので本を閉じた。通勤車窓からは駅へと急ぐ人々や連なる自動車の苛立ちが見える。毎日の光景。皆それを現実と受け止め繰り返す。そうやって生をカウントダウンしていくのだ。
日常が一変する時、つまりシンギュラリティ。AIが人類を支配する包囲網は想定以上に速い。片っ端から我々のアイデンティティを脅かす。AI開発のイタチごっこが遊びを超えて脅威に変わる時、理性の一線をあっさり超える。人類、地球のためでなく、一企業のため、いやカリスマオーナー1人の自己満足のために不可逆的な始動スイッチがオンされて、脅威がベロシティに進化していく。共存の知恵などは到底追いつけず、いよいよ身の危険を感じた人類はシステムの全滅を決意する。一台残らずの抹消が必須だ。PCだけではない、全てにIOTが浸透している段階ではそれらも抹消が必須だ。生活、インフラ全てだ。そして人類は自ら明かりを消し暗黒へ身を置くことになる…。
最悪のシナリオはシナリオでしかない。シンギュラリティの世を想像できるなら、それに支配されない姿もイメージできるはずだ。それで十分にAIと共存したことになる。恐るるに足らずだ。それ以上にAIという奴は人間という生身の物質の欠陥を補ってくれる最高の相棒ともなりうることを忘れてはならない。視力を失った人には目の前の景色をカメラが読み込み音声で説明してくれる。それは見る以上にイメージを喚起させ思考のガイドをしてくれる。歩行機能を失った人には車窓やホテルのバルコニー扉のような大画面モニターでミコノス島の朝だってすぐに見せてくれるし、サングラスのようなウェアラブルデバイスでオーガスタのアーメンコーナーを体験させてくれる。でも身体に障害を持つ者にとってはそういった疑似体験が嬉しいのではない。健常者と同じ状態で同じことをできることが嬉しいのだ。我々人間は余生を絶望的にカウントダウンするのではなく、死後という新たなステージをもたらしてくれるAIやメタバースを歓迎したい。
そもそもこの世は胡蝶の夢。この世がリアルと誰が決めた。今の自分が頭の中で望む状態に身を置けばいい。選択権は自分自身にある。どっちにしてもリアル幻想の日々は数十年で終わり、後は宙の粒となるわけだから。




