174/174
第174夜 父のソヌリ
病室に静かに響くソヌリ(腕時計の打刻音)
チリーンチリーン
父には聞こえているのだろうか
チリーンチリーン
お鈴のように静かに長く
鯉の引きは子供には強すぎ
半月の竿を維持することに疲れると
父が背後から包むように手を添え
尺越えの魚体は手網に収まった
油蝉激しい夏の夕方
扇風機との睨めっこに飽き
父の晩酌肴に手を出すと
箸を無言で渡してくれた
合格し上京の前夜
父はロックグラスと書斎に消え
携え戻り渡された
坪内逍遥の布貼ハムレット
英語教師を終えた父
教師は選ばず働く我に
手を取り巻きつけた
クラシカルな腕時計
研修渡英の記念と話した
数十年前のオーデマ
堅牢な筐体と
精緻な髭車
掃除の甲斐あって
話せぬ父の枕元で打刻するソヌリは
小渓のせせらぎの如く
波立つ心電図の如く静粛に
夜更けの病室に寝付けず
オーデマを耳に当てると
チチチチチ…テンプ(調速器)の鼓動
そして念ずる 永遠にあれ
午前4時00分
ソヌリは始まった
計ったかのように
それは静かにそして永く




