第107夜 中傷の鏡
このところ鏡を見るたびに、目が細まり眉間に皺が入った日が増えて嫌になってしまう。やはり寄る年波には勝てない。何をするにも億劫で、ソファで一日中ドラマを観ていても心揺さぶられる展開など皆無だ。恋愛ものはみな既視感があり、今っぽいものは子供の学芸会みたいで観ていられないし、黙って観ていられないのでつい独り言を吐いてしまう。もはやテレビは私の文句や愚痴の受動体と化している。旦那はとっくに引退したのに、今日はゴルフだ明日は釣りだって、夕方まで家に居た試しがない。現役の頃からそんなんだから、結婚してからほとんど一人みたいなものだ。子供たちも部活から帰って部屋にこもっていたかと思っていたら、いつの間にか大学も卒業して巣立って行った。かれこれ30年くらいこんな状態。
携帯を持ち始めてから生活は激変した。スマホになってから薔薇色になった。というのも、私の文句や愚痴に返事が来るのだ。もはやテレビなど観ている暇はない。時報がわりにテレビをつけたまま、一日中文句を打ち続ける。誰だかわからないが、私の文句を「うんうん、よ〜くわかる」と聞いてくれる。実に気持ちがいい。家族の不満は打ち込み飽きたし数百の同感をもらい清々したので、次の愚痴を何にしようか辺りを見渡したら散らかった部屋。片付けるのが面倒くさいので、その気持ちを打ったらまたもやたくさんのレスがあった。こうなると、もはや止められない。
テレビはかつての受動体ではなく、狩場となった。顔だけ可愛い若い娘が面白くもないことにいちいちキャーキャー言ってるのをウザいと打ったら、山のようなレスがあった。その中には「あの子は中学の同級生だったんだけど、手のつけられないド不良だったんだよお」なんてのもあり、それがさらにキツいレスを呼び炎上した。かつてのラジオの人気コーナーや雑誌の読者ページのような身近さが、速度と自由さの相乗効果で数万倍のエキサイティングさを増したかのようだ。片っ端から画面の餌食を狩りながら打ち込みまくった。
今朝の鏡は見ていられなかった。もはや眼球を確認できないほど目は細まり、眉間には弛緩させても消えない皺が刻まれている。何かを彷彿とさせる。そうだ能面の獅子口だ。鎌倉宮の薪能を昨年見たときに、ぞっとする面が気になって調べて以来、自分からは一番遠いものだと思っていたのに、いつから私はこんな鬼神のような顔相になってしまったんだ? 鏡相手に愚痴を言う。この言葉を吐く時、獅子口の顔相が瞬間際立つ。
気を取り直してつけたチャンネルはいつものモーニングショーだが、火曜日レギュラーの中堅女優がゲストの元キャビンアテンダントのマナー講師に表情筋の使い方を指導されている。元CAいわく「機内通路を歩いていて声は届かなくてもお話しされている内容は察しがつきます。明るいお話や相手を褒める時などは目が見開き口角が上がるのですが、逆の場合はしかめっ面になります。さらにお隣同士で我々への苦情をお話しされているような場合には、決まって眉間に皴が寄って、薄目を開けるようにこちらをご覧になっていますから、決まって少ししてからコールサインが点いて呼ばれるのです。もちろんこちらに落ち度がある場合もありますが、大体は…」女優が「嫌がらせですね?」と聞くと元CAは「どうなんでしょう」と遠巻きに認めた。そうか、愚痴を吐いているうちに私の表情も変わった? CAのことをSNSに打ち込もうおとした手を止め、改めて鏡に向かった。




