第105夜 101回目のプロローグ
駅近い書店の自動ドアを抜ける時はいつも決まって深呼吸をする。普段はそんな風に気持ちを改めることはないのに、まるで走り高跳びの助走直前のような身体の準備を意思に関わらず反射的に行うようだ。なぜこんな状況にあるかというと、他でもない、それは選考通過者発表号発売当日の朝だからだ。だが決してこういう朝は初めてではない、むしろ数えきれないほど迎えてきた。しかし、その度ごとに2分後には肩を落としてきた。
小説を読むごとに作者の苦労が身に沁みる。展開の仕掛けに感心する。それでも常に物足りなさを感じ本を閉じ自らの書きかけ原稿に向かう。足りなさは読む側の期待感が上回る状態をいうのだろうが、わたしについていえば期待というよりは痒さなのかもしれない。掻きむしって欲しいのに撫でられることでもどかしさが募り、それを消すべくぶっ叩いて欲しいのに見向きもされない。つまり、衝撃的なストーリーでも、唸るようなテクニックでもないのに、他人の作品は明らかに自作より優れているのだ。
正直萎える。わたしはそれほどまでにつまらない人間なのだろうか? 自分なりにストーリーの起伏をつけているのだが、そんなつまらないわたしからアウトプットされる作品だからドラマ性のかけらもないのだろうか? 振り返ればこれまでの毎日は確かに淡々としたもので、拳銃の入った紙袋を拾ったり、異国の荒野を彷徨ったりしたことはない。ただただ身の丈の妄想を順番にならべ、そして入れ替え、架空のストーリーに仕上げることがわたしの執筆の全てだ。となると真価はその妄想の優劣、強弱、緩急、深残、濃薄ということなのか?
選考からはもれていたので、気を取り直して新たな作品へ向かう。パソコンでワードを開きタイトルを打ち込む。カーソルが一行目の一文字目で点滅する。
「打て、打つんだ、字を!」
萎えながらも原稿へ向かうわたしは明日のジョー。だが『刹那』などとつけた漠としたタイトルから発想は湧いてこない。そして砂漠にオアシスは現れない。カラカラの脳が空っ風に撫でられたその時、一瞬だけ閃きがよぎる。こぼすことなきよう、すかさずキーボードに第一番目の文字を打ち込む。
いつの間にかこれが101作目か。またあの数ヶ月間の妄想旅が始まるのだ。それは自ら望んだものではあるが、あまりに苦しくそれでも止めることのできない片道放浪なのだ。




