第95話 episode.0
おはようございます^ ^
また投稿させていただきました!
暇な時に見ていただけたら嬉しいです♪
よろしくお願い致します!!
「未光さんはいらっしゃいますか? 喜美所長がお呼びです」
マオの中に流れ込んだ真央の記憶は、ある日の午後まで進んでゆく。
その日、真央たちの研究室にナバタメが訪ねて来たのだ。
色白でスラッとした長身の男。柔らかい丁寧な言葉遣いとは裏腹に、刺すような冷たい視線が室内へ向けられる。
「喜美所長が……? すぐに行きます」
既に日課となっていたアズマやイオリとの雑談をやめ、ギュッと引き締まった顔になる真央。
返事を聞いたナバタメは何も言わず歩き出す。
真央は慌てて研究室を飛び出すと、ナバタメの後に続いた。
しばらく無言で廊下を歩いていたふたりだが、ナバタメは真央を一睨みすると口を開いた。
「あなたはご自分の立場を分かっていらっしゃいますか?」
「えっ?」
「あなたに与えられた期限は1年です。それまでに他人同士で脳情報の交換ができるようなシステムを作らなければなりません。残された期間はもう半年を切りました。出来なければ契約は打ち切りとなり、ここから出て行って貰うことになります」
「分かっています。それがフリーランスの研究員ですから」
「分かっているならば……そんなお仲間ごっこ、やっている場合ではありませんねぇ。ここでは結果が全てです、あしからず」
「……はい」
お仲間ごっこ……。アズマやイオリと雑談していたのを見られたのがまずかった。
真央の研究が何の進展もないことに対して、彼は苛立っているようだ。
喜美所長もそれを気にしているのだろうか。
ナバタメに案内され、真央は暗い面持ちで所長室に入る。
落ち着いた殺風景な部屋、半分までブラインドが上げられた窓。部屋に置かれた革張りの椅子に腰掛けるのは初老の男性。
この男こそが真央をユーゼンに招いた張本人だ。
「喜美所長、連れて参りました」
ナバタメは喜美に向かってペコリと頭を下げ、所長室から出ていこうとする。
「ご苦労だった、生天目くん。あぁ、それともうひとつ頼みがある」
「なんでしょう?」
ピタリと足を止め、ナバタメが振り返った。
「前に大木碕大学へ派遣したムーブエレクトロ……例の男の件だ。あれはそろそろ処理してもらって構わない。もう必要なくなったからな」
「……承知しました」
指示に一拍置いてナバタメが答えると、喜美は満足そうに頷く。それを見届けてからナバタメは所長室を出て行った。
「さて、未光さん。ユーゼンに来て半年が経ったわけだが……どうかな、その後は」
研究の進み具合を聞いているのだろう。
真央は言葉を選び慎重に答える。
「申し訳ありません。もう少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか。せっかく頂いたお仕事ですので、注意深く進めていきたいと思います」
「あぁ、構わない。まだ半年はある。ところで、君はフリーランスの研究員として様々な研究所を渡り歩いたそうじゃないか」
「え……、あぁ、はい。お陰で色々な方と交流を持つことができました」
進展がないことを喜美に言及されるのではないかと身構えていたが、予想外の質問に真央は驚いた。
「ならば甲斐航洋という人物を知っているだろう?」
喜美は試すような目つきで真央を見つめる。
「カイってあの、甲斐所長のことですか? でしたら以前、キーラボでお世話になったことがあります」
「そうだ、話が早くて助かるよ。君をここへ呼んだのは他でもない。その甲斐所長……いや、甲斐博士に協力してもらいたいことがある」
「というのは……」
「君から甲斐博士を説得してもらいたい。ユーゼンに来ないか、と。君はキーラボでも契約していたんだろう。そこの研究員や甲斐博士は君のことを相当評価していたとか。そうでなくても、君の評判が良いことは確かだ」
革張りの椅子から立ち上がると、喜美は窓を開け外を眺めた。
「君が説得をすれば、甲斐博士もきっとこちら側に来てくれるはず。私は以前、彼を誘おうとしたんだが本人ではなく、彼の大学の教授から断られてしまった。あの教授とはどうも馬が合わなかったようでね」
外からの冷たい風を頬に受け、真央は少し考える。
「喜美所長、それは難しいご相談です。喜美所長は甲斐所長ではなく、甲斐博士をユーゼンに呼びたいんですよね。医療クローニング技術師として……。
でも甲斐さんはもう、医療の道を退きました。その経緯を聞いてしまった私には、これは重荷すぎる役割です」
困った顔をする真央を横目で見て、喜美は鼻で笑う。
「知っていたか。まさか君に断られてしまうとはな」
「申し訳ありません」
「いいや、言ってみただけだ。君みたいな独創性溢れる脳科学の天才、甲斐博士のようにクローニング技術に優れた天才。どちらもユーゼンとって必要不可欠な存在。だからこそ手に入れる方法ならいくらでも考えつく」
「あの……なぜ甲斐さんにそこまでこだわるのか、聞いてもいいですか?」
喜美の様子を伺いながら尋ねる真央。
それに気づいてか、喜美は真央の方へ身体を向けた。
「そうだな。君にだから話そう、私には妻がいた。芽衣という名の。私がユーゼンを作ったのは芽衣の為だ」
「喜美所長に奥さんが……!?」
真央にとって、それは意外な一言だった。
普段の喜美からはそんな気配、微塵も感じたことが無かったからだ。
「芽衣はもうこの世にはいない。だが私は、もう一度彼女に会いたいんだ。そして彼女の声が聞きたい。それを実現させようとユーゼンを作ったが、いつの間にかこんなに大きな会社になってしまった。もはやユーゼンは私の手を離れつつある。なのに……未だ私の願いは叶わない。皮肉なものだろう?」
「……奥さんを医療クローニングで再現しようとしたんですか?」
「そうだ、そして今もその気持ちは変わらない。しかしそんなこと誰ができる? できるのは甲斐博士だけだ」
真央は何も言えずにいた。
喜美の考えが正しいのかどうかは分からない。
ただそこには何を犠牲にしても絶対に芽衣を生き返らせようする、揺るぎない意志が存在していたのだ。
「博士がここにいなければ、私の願いも永遠に叶うことはない。これでは芽衣が救われないんだ! 死に際まで苦しい思いをした芽衣の記憶を、苦しいままでは終わらせたく無い……」
喜美が真央の方へと歩み寄る。
「君にとってこの世界はどう見える? 私にはひどく澱んで、腐って見える。この世界という大きな箱に閉じ込められた人間たちには、空気の入れ替えが必要だ。
かつて私にそう言った人物がいてね。私も全くその通りだと思っている」
それ以上のことを喜美は口に出そうとはしなかった。
瞳の奥深く、暗闇の中で陽炎が立つように揺れている。
その目を見て真央は思う。これは憎しみだ。喜美は今まで抱えきれないほどの憎しみを飲み込んで生きてきたのだと。
「期待しているよ。未光さんと甲斐博士は、いずれ嫌でも私の願いを叶えることになるだろう。あと半年だ、それまでゆっくり考えて成果を出すと良い」
窓から入ってきた空気がブラインドを揺らしカンと音を立てた。
皆様、いつも読んでいただきありがとうございます!!
嫌味な生天目さんは昔から嫌味な奴でした笑
喜美の意志に巻き込まれるふたりの天才……。
フリーランスも楽じゃありませんっ_:(´ཀ`」 ∠):
また続きを書いてきたいと思いますので暇な時に何卒、よろしくお願い致します。




