第82話 天使のラッパ
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「それもまた悪くないかもね」
ウシオの頬に残った涙の跡を優しく手で拭いながらイオリは答える。
ウシオはその手を掴むと、じっとイオリを見つめて言った。
「ボクは本気だ。
このままじゃイオリもボクも最悪な結末を迎えることになる。
だからその前に一緒にここから逃げよう?」
本当は今すぐにでもそうしたい、でも……。
ウシオからの提案にイオリはどうしても頷くことができなかった。
「私はまだ逃げるわけにはいかない。
ここで働く部下たちを置いていけないから。
ウシオ。実はあなただけでも逃げることができないか、考えているところなの」
「嫌だ。
ボクもイオリを置いてはいけない。
どんな形であれボクを造ってくれて、『ウシオ』として接してくれた大切な人をっ……!」
イオリの手を掴むがっしりとした大きな手にギュッと力が込められる。
「いい加減、私への情は捨てなさい。
あなたは私に囚われてなどいてはダメ。
ここを出て自由になったら、今度こそ自分のやりたいと思う事をするの。
あなたなら何だってできる」
「やりたい事……?」
「そう。
なかったら見つければいい。
今まで辛い思いをした分、それくらい自由にしてもバチは当たらないはずよ」
それを聞いたウシオはイオリの手を離すと、何かを考え始めたようだった。
「もう行くわ。人を待たせているから。
あなたやここにいる全員を救う方法、試してみることにした」
そう言って立ち去ろうとするイオリの後ろ姿に、ウシオが声をかける。
「イオリ!
もしそれが成功したら……君はどうなるの?」
「大丈夫。何も心配しなくていい。
やっぱり彼女の忘れ形見を危険に晒したくはないものね」
「ねぇ、どうか気をつけて。
君は……喜美に目をつけられている」
「知ってる。ありがとう」
ウシオに礼を言い、イオリは静かに部屋を出たのだった。
同じ頃――――――。
「喜美所長、プランAについてですが気になる点がひとつ」
ユーゼンの所長室に赴いた生天目は訝しげな表情で喜美に尋ねた。
「榊のPCを調べていたんですが……プランA、及びその他計画にまつわるデータが全て消されていました。
誰がやったのかはもう一目瞭然です。
いつまで水乃部長を幹部として置いておくのですか?」
喜美は生天目の問いかけに答えることなく息を吐いた。
「どうやらネズミが2匹、入り込んだようだ」
「ネズミ?
ネズミとは勝手にシステムに侵入しあの不採用通知を送った……?
ではもう1匹とは……」
「『駒井梨沙』、君の言っていたように私も履歴書を見た。誰かに似ているとは思わなかったか?」
「いいえ、特には」
「そうか。考え過ぎかもしれないが、このまま水乃くんを泳がせてみるのも一興だ」
「喜美所長もやはり彼女が侵入者の手引きを行ったとお考えなのですね」
「そうだな」
「水乃部長には駒井梨沙を連れてくるよう伝えてあります。
不採用通知を送った人物と送られた駒井梨沙。それに水乃部長がどう関係しているのかはまだわかりませんが、彼女に新人類の脳を任せても大丈夫なのでしょうか。
プランAの引き継ぎは大方終わりましたのでよろしければ私が……」
「いいや。
水乃くんは新人類の脳を完成せざるを得ない。そして彼女もそれをよく分かっている。君にもすぐに分かるだろう。彼女が1番の適任者だと」
「そう、ですか……」
生天目は少し残念そうな表情を浮かべた。
「ところで、エヴァンディール計画の進捗は?」
「現在プランB実行後の生存者を3万人まで選定することができました。
ですがプランAの新人類は脳がまだ不完全です」
喜美は生天目の報告を聞くと、そうかと呟く。
「奥深くをネズミにかじられて痛手を追う前に、計画の始動を早めたい。水乃くんを焚きつけるためにも。
『方舟』の準備はもう整っているかな?」
「3万人まででしたら。
しかしあの方が提示してきた条件の生存者10万人をまだ満たしておりません。よろしいのですか」
「構わない。あんなもうろくのたかった老人を相手にしていてはいつまでも進まないのでね」
「承知しました。
すぐにでも計画が始動できるよう進めて参ります」
「頼んだよ。
それと生天目君。先程、警視庁からも連絡があった」
「ではついに?」
「あぁ。百人単位での死刑囚の護送許可が下りたそうだ。
とは言えやって来るのは脳ミソだけだがね。
こちらに到着次第、サンプルはEフロアで保管してくれないだろうか」
「分かりました。その件も私が対応させていただきます」
「榊の名前も……こんなところで役に立つとはな」
「えぇ、全くです」
生天目はそう言って所長室の上を見上げる。
天井付近の壁、きっちりとした額縁に入れられて飾ってあるのは警視庁からの感謝状。
これは榊が警視庁へ足を運び、ユーゼンの『警備ロボット』を提案したときに送られたものだ。
賞状に刻まれた名前こそユーゼンの代表、喜美ではあるものの榊もこれに貢献していることには違いない。
今では警察は何の疑いもなくこのロボットを導入している。
榊が繋いだ人脈のおかげで、死刑囚の脳ミソが護送されて来る時も『警備ロボット』が一役買って出ることだろう。
喜美の手によって世界がどのような終末を迎えるのか、生天目にはうすうす分かっていたのだ。
喜美はそんな生天目を見透かしたかのように笑みを浮かべてこう言った。
「以前、君に話したプログラムのことを覚えているか。
アポカリプスによれば世界終末の時、7人の天使にラッパが与えられ、そのラッパが順々に吹かれる。
そしてラッパの合図により世界の崩壊が始まる。とあるが、そんな神のようなことが人間に可能なのか。
そもそも新人類を7体も用意してわざわざ捨て駒にするのは時間とコストの無駄だ。
私は考えに考えを重ねた結果、あのプログラムを使って天使のラッパをウシオひとりに奏でてもらうことにした。
『君がやらなければ水乃くんに頼もうかと思う』と話したら彼は喜んで引き受けてくれたよ。
間もなくアポカリプスの筋書きも完成する」
生天目は首を傾げた。
「確かあのプラグラムは人間にインストールできないはず。ウシオは知らなかったのでしょうか」
「水乃くんにはこのプログラムのことを教えていないからな。ウシオが知っているということは考えづらいだろう」
「なるほど。
水乃部長はああ見えて試作品にでも情が湧くタイプの人間ですからね」
生天目の言葉を聞き、喜美は鼻で笑う。
「あんな試作品ロボットでも、造った人間に似ることがあるのかもしれないな。
なら『君がやらなければウシオは即、処分する』とでも言えば彼女には効果的なのだろう。
だから心配には及ばない。
水乃くんはどんな手を使ってでも必ず完璧な新人類の脳を造り上げる」
畏敬、憎悪、怒り。
不敵に断言する喜美を前にして、生天目は自分の複雑な感情を処理できずにいたのだった。
いつも読んで頂き本当にありがとうございます( ;∀;)
突然に死刑囚の脳ミソというパワーワードをねじ込んでしまい申し訳ありません!
サカキさんが気づきあげた人脈を喜美所長がどう利用していくのか……。
世界最期の日は何が起こるのか……。
現代版アポカリプスを楽しんでいただけてたら幸いです。
ではまた続きを書いていきたいと思います^ ^




