第5話 波紋
こんにちは( ´ ▽ ` )
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「分かってますよ。そんなこと言ったらユキトさん、きっとすごく怒ってしばらく口きいてくれなくなるでしょうし」
「まったくです。さて、これで片付けは終わりですか? 所長から伝言を預かってきたんですけど、マオさんはもう片付けが終わったら今日は帰っていいと言ってました」
「本当ですか。おかげ様で今、ちょうど終わりました!今日は早く帰れそうです。アズマさん、ありがとうございました」
「お役に立てたようで何よりです。ではお疲れ様!」
「お疲れ様です」
早く帰れると知って子供のように無邪気に笑うマオは倉庫を後にした。
その様子をアズマはどこか違う景色を見ていたような、まるで異世界を見ているかのような遠い目をして見送ったのだった。
――――――同じ頃。
夕日の光を受けて煌びやかに輝く黒塗りの車がとある料亭に停まっていた。
その車から1人の男が降りてくる。
黒のスーツ上下をビシッと着こなし、ネクタイを硬く結んだ中肉中背の50代くらいだろうか。
「お待ちしておりました」
料亭の女将に出迎えられて、案内されるまま男は店の奥の座敷へと吸い込まれていくように姿を消した。
その様子を料亭から少しだけ離れて停まっている白のワンボックスカーが捉えている。
「ハイ、よしみゴー入りましたー!」
まるで居酒屋でオーダーが入ったときの店員かのような威勢の良い声がワンボックスの車内に響き渡った。
「喜美浩ね。うるさい、集中して」
「わぁーってるって! ったくもう何時間もここで待たされてるし……。集中しすぎてオレ、ハイになってんの。辛いよ、マジで」
その店員もどきは運転席に座りながら片手で頭をガシガシと掻き、ハンドルに頬杖をつく。手首で金属製のブレスレットがチャリっと音を立てた。
電話をスピーカー機能にして相手と通話をしているようだが、電話越しでもその場の五月蠅さが充分相手に伝わっているようだ。
「ごめんね。でも報酬はその分はずませてもらうから。目的が達成されれば、この件に関して得た情報も煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わない」
「はははっ! 羽振りがいいねぇー。頼んますよ、風間ヤヨイさん」
金髪に近い明るすぎる茶髪。右の耳にはゴツゴツした銀のリングピアスが3つぶら下がっており、手首に十字の刺青を入れて、いかにもこれまで危ない橋をいくつも渡ってきましたと語っているかのような男が怪しげに笑った。
刺青の男は黒のキャップを被り直し、辺りの音に集中する。
「しっかしさぁ、さっきからちょいちょいヤバいこと話してるみたいなんだけど。これ週刊誌に売った方が金になるんじゃないの?」
「別にお金目的でこんなことしてるわけじゃないもの。でも一応その会話も後でPCに送っておいて」
「へいへーい、そうすか。ま、それがクライアントの要望なら」
「それじゃあまた後で。落ち着いたら連絡する」
その言葉を最後に電話は切れた。
刺青の男がヘッドホンを耳につけ車に乗せてあった機械を触ると話し声が聞こえてくる。
「人の会話を盗み聞きしてなぁーにが楽しいんだか……。悪趣味だねぇ。ま、それはオレもか」
盗聴機だ。料亭の個室にあらかじめ仕掛けておいたものなのだろう。
『………って、悪……ね喜美く………、そ………ありが…………』
かすかにヘッドホンの隙間から途切れ途切れ、漏れてはいけない大事な会話が車内に充満した。
当然、当事者は誰にも聞かれていないだろうとたかを括っているはずだ。
そんな会話をこっそりと聞いている者は刺青の男ぐらいであろう。
「さぁ、さっさとゲロっちまえ。そうしたらオレの仕事が早く終わる!」
片手でヘッドホンを押さえ、ニンマリと笑いながら刺青の男は指でリズムを取る。
ふわりとハンドルの上で踊るその指が今か今かと時を待ち、獲物の首を虎視眈々と狙っていたのだった。
土曜日がやって来た。
朝9時頃の駅前はそれなりに混んでいてちゃんとお互いを見つけることができるか不安だ。
あれから3日経つ。言われた通り招待券も2枚持ってきている。今日がヤヨイとの約束の日で間違いはない、はずなのに……。
ヤヨイさん、遅いなぁ。
もう30分も待っている。
マオは辺りをキョロキョロ見渡してヤヨイを探していると、
「マオちゃーん! お待たせ、ごめんね」
ヤヨイが遅れて駅に到着した。
「ヤヨイさん! 何やってたんですか。早く行かないと良い場所で見られなくなっちゃいますよ」
「ごめんごめん。招待券ずっと探してたんだけど、よく考えたらマオちゃんに渡してたんだもんね。うっかりしちゃってた」
「もう、それはうっかりしすぎですよ。ヤヨイさんの大好きなウシオさんが待ってるんですから早く行きましょう」
「えぇ、そうね。ところでマオちゃん、その格好………」
ヤヨイはマオの私服を見て驚いているようだった。
何の変哲もないスカートとブラウスの上からカーディガンを羽織っただけなのになぜそんなに驚いているのだろうか。
「えっ、変ですか? 休日に出かける時は普段こんな格好してますけど」
「やだ、ごめんなさい。いつもと雰囲気違うからちょっとびっくりしちゃったの。とっても似合ってる」
ヤヨイは一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔で応じた。
仕事の時はいつもパンツ姿だからスカートを履かない人種だと思われたのだろうか?
何にせよ、いつもお洒落で整った顔立ちのヤヨイさんに褒められて悪い気はしない。
「ありがとうございます。あ、でも休日には出かけること自体少ないからこの格好は滅多にしないんですけどね」
「そうなんだ。いつもパンツ姿をよく見てたから。そんな格好もしてたんだぁって、ちょっとびっくりしちゃった!」
「私だってこういう格好もたまにしますよ! 似合ってますか?」
得意気にマオが笑ってみせる。
「はいはい。かわいいよ、かわいい。じゃあ行きましょうか」
それを見てにっこり笑ったヤヨイは歩き出した。
「ちょっと! もっと気持ち込めて言ってくださいよ。あ、ヤヨイさん。待ってください」
そう言いながらマオは、ヤヨイの後を追って早足で歩き始めたのだった。
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