お土産
三題噺もどき―ひゃくさんじゅうよん。
お題:チャイム・幽霊・クロワッサン
日々暑さを増していく今日このころ。
毎日のように、各地で猛暑酷暑の報道がされている。今日は40度を超えたところもあるようだ。
…考えるだけで恐ろしい。そんなの生活できなくなりそうだ。
「……」
そんな夏日が続いているものだから、いくら夜と言えども、暑さは残る。夜になれば涼しくなるだろうという甘い考えは、もう捨てた方がいいのだろうか。
もしそうなら、一体いつの時間が涼しいのだろう。…ま、文明の利器があれば、いるでも涼める時代なので、大した問題ではないのかもしれない。
―しかし今、私は外にいる。手持ちのミニ扇風機なる利器はお持ちではないので、頼ろうにも頼ることはできない。
住宅街を歩く私の目の前には、街灯が一定の間隔で並んでいる。人は私以外見受けられない。ジメジメとした暑さが、歩く気力を削いでいく。
「……」
ラフなハーフパンツを履き、サンダル、薄手のパーカー。その下にはノースリーブのTシャツ。黒のシンプルなもの。恰好だけ見れば、近所のコンビニにでも行くんですか?というような、ラフさだが。
今私が向かっているのは、日中私がお世話になっている市立の学校である。
「……」
片手にスマホ、もう片方にコンビニの袋を下げている。ここに向かう道中に寄っていた。
その中身は、「ミニクロワッサン」というパン。何個入りだったか…小さめのクロワッサンがいくつか入っている。シェアできるようにという配慮からだろうが、これを食べるのは私でもなく、かと言ってシェアするわけでもない。
別に私は、買ってまで食べたいと思う程好きでもなし。―そもそもパン派でもない。いつだって、白米が食べたい。ごはんサイコー。
「……」
それなら、なんのためのクロワッサンか。
―今から会う、幽霊にあげるためのものでしかない。
「……」
こういう学校の裏側って、案外セキュリティが薄いんだな…と分かったのはここに通うようになってからである。金網のフェンスに大き目の穴があったりする。私ぐらい身長が小さければ、その程度の穴なら、苦労しつつも通れるということも最近知った。
「った……」
暑くて肌がむき出しの状態で来たのはよくなかったようだ。引っかかった。んー。とは言え、これからの時期長いのもそれはそれで暑苦しい。
まぁ、普段見えるところでもないから傷ができても気にはならない。慣れればいいことだ。
「……」
入ってしまえば、その後の足取りは迷わず真っすぐ。
校舎横にある部室棟。その最奥にある。今は使われていない部室。
鍵は元からかかっていない。壊れたのか、さびれたのか。初めてここに来たとこには、すでに開いていた。
「……」
力任せに戸を引くと、ガタ―という音と共に、開かれる。
『あ、やほー』
「やほー」
そこには、この学校の制服を身に着けた、1人の少女が座っている。
真っ黒な部屋の中、読めているのか定かではないが、膝の上に本を置き、体育座りでそこに居る。
『元気~?』
「昨日も会いましたがー?」
適当な会話を交わしながら、座る少女の元へと向かう。サンダルは脱がない。
『そうでしたね~』
そう答える彼女の足先はうっすらと透けている。その髪の先も、頭の先も。手の先も。制服の裾も。透けて、透明で、あちら側が見えている。
『今日はどこの~?』
―わくわく。
自分でわくわくとか言っている。袋ごと少女に手渡し、私は隣に座る。
『今日もこれ~?』
不満たらたら。
「学校ある日はそんな遠くに買いに行けないの」
『ちぇ~』
そう不満を漏らしながらも、彼女は袋を開け、一つまた一つと口に放り込んでいく。幽霊なのに食べた後そのクロワッサンがどうなっているのかとかは、もうあまり気にしていない。気にしても意味ないし。
『これもおいしいけどね~』
「今度かってくるから」
以前、一度だけ、少々お高めのものを買ってきたことがあったのだが。それが痛く気に入ったようで。このクロワッサン好き幽霊に刺さったようで。ことあるごとに、あれがもう一度食べたいというようになったのだ。時間があって、かつお金に余裕のある時だけだと、約束はしたが…。どうも忘れられないらしい。―忘れたくないのかもしれない。
『そういえばさぁ』
「ん?」
彼女は1人、黙々と食べ進めていく。
私は、それを横で眺めている。
たまに、会話をしながら。
時間は静かに過ぎていく。
何がきっかけだったか、忘れてしまったが。
この不思議な幽霊と過ごす時間は、とても大切だった。
『たのし?』
「ん。たのし」
その会話を合図に、今日もチャイムが鳴り響く。
帰宅の時間。
終わりの時間。
今日も、あっという間に終わってしまった。もう帰らなくては。
響くチャイムを聞きながら、二人は次の約束をする。
『「また、明日」』