8 エルネストの仲間たち
魔王城では奥の間で魔王と対峙したものの、パーティのメンバー全員が瀕死の状態にさせられた。
セスは気を失って直接は聞いていないが、魔王はパーティのうち1人だけ残して他の3人を無事に返すと言った。
その直後にアレシュが意識を失い、ベアトリスとエルネストは彼が囚われると思ってひどく動揺した。
しかし全員が目を覚ました時、姿がないのはエルネストだった。
アレシュたちは魔王が言った通りに森の外れに移動していて、さらに怪我は治りセスの魔力は戻っていた。
仲間が囚われたと知って3人はさんざん取り乱し、しばらく経って落ち着いてから奪還する方法を相談し始めた。
森のそばにある集落の長に事情を話すと、たいしたもてなしはできないがここに滞在してくれても良いと言ってくれた。
改めて魔王城に乗り込みたかったが、攻撃系魔術師のエルネストがいない状態では魔物だらけの森を無事に進めるかどうかも怪しい。
どうして良いかわからないままに数日が経った。
すると見たこともない真っ白な鳥が突然舞い降りて、彼らの目の前にある岩へと着地した。
嘴にくわえている白い紙を取ってみるとそれは1通の手紙。上等な封筒で封蝋で糊付けしてある。
何と宛名は「アレシュたちへ」と書かれていた。さらに裏面には「エルネスト」と書いてある。
3人は半信半疑ながらも読んでみることにした。
1度目の手紙では日報のように淡々と1日をどう過ごしたか書かれていた。その内容を信じるなら食事は十分に与えられているようだ。さらになぜか絵姿を描かれたり生い立ちを語ったりしているらしい。
2度目の手紙では仲間たちへの苦言や労りの言葉が書かれていた。よくよく読んでみると1度目の手紙を読んだ時の自分たちの反応を書いている。
もしかしてこの鳥はただ手紙を運んで来るだけでなく、自分たちを監視する役割もあるのではないか。
ベアトリスはそのように仮説を立てた。
手紙の内容はエルネストが言いそうな言葉だ。しかし脅されて手紙を書かされているという疑念も捨てきれない。
自分たちは魔王の手の平で踊らされているのかも。そう判断して3人は小声で話し、エルネストへ3度目の手紙を運ぶよう鳥に向かって言ったのだ。
夜が明けてから白い鳥は森へと飛び去った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
午後になり白い鳥が再び戻ってきた。
嘴には何もくわえていない。
アレシュたちはごくりと唾を飲み込み、鳥が大きな岩に着地するのを見守った。
鳥はアレシュ、セス、そしてベアトリスに視線を移す。
ベアトリスをじいっと見つめてから嘴を開いた。
『……貧弱な者たちがまだ森のそばをうろついているのか』
その声にぴくっと体が震え、ベアトリスは無意識のうちに腰の剣を抜いていた。アレシュも同じように剣を構え、セスはすぐに魔術が出せるよう呪文を唱える準備をした。
鳥はこてんと首を傾げる。体どころか魂まで震え上がるような声を発したとは思えないほど、無邪気な動物らしい仕草だった。
3人は気を緩みかけたが……。
『この魔術師のおかげでしばらくは退屈しないで済むぞ。飽きるまでわたしのそばに置いておくことにしよう』
「魔王!?」
アレシュとベアトリスが剣を振り上げる前に白い鳥は勢いよく飛び上がり、セスが魔術の詠唱を終える頃にははるか遠くまで飛び去っていった。
その姿は既に小麦粉の1粒よりも小さくて、去った方向でさえも明確にはわからない。
「あいつ、魔王の使い魔だったのかよ」
アレシュは憎々しげに剣を鞘に戻す。
「鳥さん可愛かったのに……。エ、エルは無事なのかな?」
口元が震え始めたセスの肩に、ベアトリスは優しく手を乗せた。
「わかんないけど、1つだけはっきり言えることがあるわ」
仲間たちはその続きを促すようにじっと彼女を見つめる。
「あたしたちがどこで何をしているか、魔王には全部おわかりだってことよ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
鳥を飛ばしてから白銀の青年は壁の外に出ていった。
間もなくして茶色い髪の少年が食事を運んできた。
少年は無言でトレイをテーブルに置く。
エルネストが「ありがとう」と礼を言うと、なぜか眉を下げてこちらを見た。表情らしきものを初めて見たので少し驚いた。
少年はいつものように無言で去って行った。
今日の昼食は焼いた肉だが「ソース」というものがかかっていた。このソースが毎回違う味で、香ばしい塩味のときもあれば、果実を使った甘い味のこともある。
今日は食べてみると鼻につんとくる刺激があるが、香ばしさもあり不思議な味だった。
エルネストが食べ終わると青年が部屋に入ってきた。
……が、いつもと様子が違う。
左の頬が真っ赤になっていて少し腫れているようにも見えた。
「エル、料理は口にあった?」
「ああ……」
気のせいか彼の話し方もなんだか弱々しい。
「顔、どうかしたのか?」
「えっ」
エルネストが指さすと、青年ははっとして左頬を手で押さえる。
「わ、わかっちゃった?」
「どこかにぶつけでもしたのか?」
そう聞くと彼は「情けないとこ見せちゃった」と苦笑した。
赤くなった頬は誰かに打たれたように見えるが、この魔王の支配する城で彼を傷つけられる者などいるだろうか。
「小さい子たちにちょっと絡まれただけ。平気だよ」
「いや、濡らした布でちゃんと冷やした方がいい」
「えっ?」
人間の治療法が効くかはわからないが、何もしないよりはマシだろう。
エルネストはそう考えて言っただけなのだが、青年は何故か両頬を手で押さえた。いつの間にか顔全体が赤くなっている。
「し、心配して……くれてる?」
「は……?」
自分は彼を心配してるのだろうか。
仲間と同じように気軽に言っただけだ。
だがこの青年は仲間などではない。
エルネストが返事を言い淀んでいると、壁からすっと2人の少年が現れた。
茶髪の1人は青年の頬にやや乱暴に布を当てた。
もう1人の焦げ茶色の髪の方は、エルネストを椅子から立たせて青年のすぐ近くまで寄らせる。
意味がわからずにエルネストがきょとんとしていると、青年は布越しに頬を押さえたまま目をうろうろとさせた。
「エル……。うわっ!」
ばん、と音がして青年の体が揺れる。
エルネストは反射的に彼を両腕で支えた。
どうやら少年が背中を叩いたようだが、その理由がやはり不可解だ。
青年を軽く抱きしめている体勢だが、改めて彼の体温を感じる。
冷酷無比な魔王がこんな風に温かい体を持っているだろうか。
「エル、ごめんねっ!」
「いいや」
ぱっと青年が離れ、まだ視線をうろつかせながら一言だけ言った。
「城の中だけだとつまらないから……、明日は外に出ようか」
つまらないこともないが、彼がそう言うならエルネストに断る理由はない。
エルネストは「ああ」と返事をした。