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7 魔王の返信


青年と手を繋いで壁の中に入ると元の部屋だった。

壁の真横にこの部屋があったのか、それとも離れている場所から転移したのかはわからない。

エルネストは丸テーブルの横にある椅子に腰掛けた。両足の脛がむくんでいる気がする。

仲間と旅していたときは夜明けから日暮れまで歩いても平気だった。昨日「運動不足」と青年に言われたのを思い出し、確かにその通りだと納得する。


不意に窓からコツコツと叩く音が聞こえた。

白い鳥が戻ってきている。

青年が窓を開けると、鳥はふわりとその肩に乗った。


「おや? 今日は手紙の返事はないんだ?」


気のせいか鳥は澄まし顔をしているように見える。


「アレシュたちに会えなかったのか?」

「でも嘴から果物の香りがする。ベティにもらったと思うんだけど」


青年が鳥の首をひと撫ですると、昨日のように仲間たちの声が聞こえてきた。


『おっ、もう戻ってきたぞ。どれどれ……』

『早く見せて』

『僕も読む!』


『……』


しばらく沈黙が続く。


『アレシュ、さっきこの鳥にバカヤローとか怒鳴ったわよね』

『お、おう』

『僕、そんなに泣いてた?』

『ええ、わんわん泣いてた』

『ううう……』


それからまた3人は沈黙した。

返事を書いているのかと思ったが、鳥は何も持っていない。

待っているとベアトリスの声が聞こえてきた。


『あたしたちの方は特に伝えることはないから返事はいいわ。ーー鳥さん、できればまたエルネストからの手紙をお願いね』


話し終えると白い鳥は青年の方へ甘えるように首を向けた。青年が喉を撫でてやると満足そうに目を細める。3人の言葉はもう終わりのようだ。


今日の手紙は「長い廊下を散歩した」と書くべきだろうか。

エルネストがそう考えていると、青年はにこっと口角を上げた。


「エル、あの3人……特にベティは僕を警戒してるみたい」

「どうしてそう思う?」


魔王を警戒するのは当たり前だが、一応は聞いてみた。


「鳥を通じて3人の話が聞けるってバレてる。思ったよりも早く気づいたね」


何となくそんな気がしていたが、青年は確信を持っているようだった。

彼は銀色の髪をかき上げ、肩に乗る鳥と同じように目を細めた。その様子は楽しんでいる風にも見える。

エルネストは何故か落ち着かない気分になった。


「……俺のせいか」


手紙を読んだ後の沈黙は、3人が小声で話し合っていたせいかもしれない。


「ううん、そのうちわかると思ってたんだ。だからエルネストは気にしなくていいよ」

「気にしてなどいない」


そう口にしてから、まるで言い訳のようだとエルネストは自嘲した。


近況を知らせるために手紙を送ればいいと提案したのはこの青年だ。初めはどんなつもりだと訝ったが、純粋に親切心だったのだろう。

もしもエルネストの仲間たちに何か危害を加える気なら、彼らの居場所を知ってて放っておくのはおかしい。


エルネストが深く考えずに書いた手紙のせいで、ベアトリスは白い鳥を操る者に疑念を抱いている。

この青年を完全に信頼しているわけではないが、手紙の件については恩を仇で返したようなものだ。

そう考えてエルネストの気分は沈みこんだ。


「エル、今度は僕がアレシュたちに返事を送るよ」


にこりと微笑みながら青年は自分の唇に人差し指を当てた。

どうするつもりかと聞く前に、彼はゆっくりと目を閉じる。


再び開いた目は、普段とは違う輝きを纏っていた。その輝きは積もったばかりの雪に反射した陽射しのようだ。眩しくて、冷たい。


ーーエルネストはその目の持ち主を知っている。


「……貧弱な者たちがまだ森のそばをうろついているのか」


冷たい声色に、一瞬で鳥肌が立つ。

忘れたくても二度と忘れることのできない、禍々しい存在の声だった。

エルネストは直視できずに俯く。


「この魔術師のおかげでしばらくは退屈しないで済むぞ。飽きるまでわたしのそばに置いておくことにしよう」


ばさり、と羽音が耳元に響き、冷たい空気が一気に流れ込んできた。

エルネストが顔を上げると既に白い鳥は窓から飛び立った後だった。


「エル、大丈夫?」


真横には白銀の青年がいて、いつもの柔らかい 表情でエルネストを見つめていた。

腰に腕を回され支えられている。 意識があやふやになり倒れかけたのかもしれない。


「……大丈夫だ」

「そう?」


こんな風に優しくされると、本当の魔王は人と同じような心を持つのではないかと錯覚してしまう。

その気持ちをエルネストはふるい落とした。


「久しぶりに歩いて疲れたかもしれない」

「そっか。無理させてごめんね」


青年はゆっくりとエルネストから手を離す。

しっかり立っているのを確認すると安堵したように微笑んだ。

と思ったら、突然頬から耳まで赤くなる。


「あわわ、調子に乗ってエルを抱きしめるとこだった……かも」

「は?」


違う違うと言いながら青年は顔の前で両手を振った。何やら慌てているようだ。


この存在は一体何なのだろう。

見た目は美しい容貌の青年だが、高度な魔術を操るエルネストでさえ理解を超えた魔法を容易に使ってみせる。さらに本人は自分を魔王だと言っている。


ーー存在ではなく現象……。


彼の言葉の意味はまだわからない。

しかしその言葉に正体を知る鍵があるような気がした。


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