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5 手紙


手紙を書いて送る。


日常生活のひとつのようにさらりと青年は口にした。

しかし手紙を送るなど、森の奥まった場所にあるこの城からどうするつもりなのか。

まさか魔物に運ばせる?


自分をからかっているのかとエルネストが怪訝な視線を向けると、青年はそんな心情には気づかずにこにこしている。


「エルからの手紙を読めばアルたちはきっと喜ぶよ」

「書いたとしても誰にどうやって運ばせるというのだ?」


その質問に、青年の方が不思議そうに首を傾げた。その仕草をしたいのはこっちだとエルネストは言いたくなる。


「エル、僕の魔法はたいていのことはできるよ」


人差し指で自分を指さし、青年はテーブルの紙束から1枚取り出してエルネストの前に置いた。ついでに少年が使っていた羽根付きペンも取り上げる。少年は無表情なものの何となく不機嫌な雰囲気を醸し出した。


「ちゃんと送るって保証するから、どうぞ書いて」

「それを俺が信じるとでも?」


青年はエルネストに手紙を無駄に書かせようとしているだけだ。自分の気持ちを弄んでいるという疑念が簡単に晴れるわけがない。

しかし彼はエルネストを真っ直ぐに見つめて断言した。


「手紙を送ってからアレシュたちに返事を書かせればいい。それが運ばれたらエルの手紙がちゃんと届いたってわかるでしょう?」

「……」


それが本当だとしても、新たな疑問がエルネストに湧いてくる。

なぜ青年は囚われの身である自分の無事を仲間に伝えたがるのか。


……それを聞いてもはぐらかされそうで、エルネストは黙ってペンを手に取った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「……朝、野菜のスープとパン。昼、いためたコメ。夜、肉のソテーと生野菜。昼にローブを着て絵姿を描かれる。……朝、ゆでた卵を挟んだパン。昼に生い立ちや魔術師になった経緯を話す。……うーん、日報?」

「嘘は書いていない」


手紙を書き終わると、青年が「読んでもいい?」と尋ねるのでエルネストは了承した。

むしろ検閲なしで運ばれるとは思っていない。

彼は手紙を手に取ると「エルの字、上手すぎ! 活版印刷みたい!」としばらく悶え、落ち着いてから漸く内容を読み始めた。


音読した青年は微妙な顔つきでエルネストを見やる。


「僕は書き直したりしないから遠慮しなくていいよ。読まれたくないならすぐに封をしても構わないから」

「おかしなことは書いていないから十分だ。このまま出す」

「いいの?」


タイミング良く少年の1人が封筒を差し出した。エルネストは手紙を畳んで封蝋で糊付けする。


「いいのかなあ……」


そう呟きながら青年が手を掲げると白い鳥が現れた。鳥は長い嘴でパクリと手紙をくわえ、開け放たれた窓から外へ飛んでゆく。あっという間の出来事だった。


「あの鳥は俺の仲間の居場所を知ってるのか」

「だいたいどこの集落にいるかはわかるよ。アレシュたちの顔は覚えてるからすぐに探せると思う。彼らは目立つだろうからね」


ねっ、と笑いかける青年に、エルネストはまた複雑な気分になった。まるで鳥ではなく彼自身が探しに行くような言い方だ。


「鳥が人の顔を覚えているなんて聞いたこともないが」

「見た目は鳥だけどあれは僕の一部のようなものだよ」

「……」


やはり青年の魔法は人間の使う魔術とはかけ離れたもののようだ。

人には自分の一部を飛ばすなんて発想はない。


「もうお昼だね。エルのご飯を用意してくるよ」


あまり動かないので以前より腹は空かないが、青年は律儀に1日3食を用意してくれていた。

ふと思いついたことをエルネストは口に出す。


「……魔王はいつも何を食べているんだ?」


青年はきょとんとし、それから柔らかく微笑んだ。


「何も食べないよ。ーー僕は存在ではなく現象なんだ」

「どういう意味だ?」


単語は理解できても何を言っているのかさっぱりわからない。はぐらかされているようにも感じる。

青年は答えずに壁の向こうに行ってしまった。

少年たちとテーブルもいつの間にか消えている。


エルネストは窓の外を見やる。

相変わらずどんよりとした雲が空を覆っていた。

さっきの青年の言葉より、少しだけ悲しそうな微笑みの方がエルネストの印象に残っていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



昼食は焼いた卵に包まれた赤くて甘い味のコメだった。

見た目は奇天烈だが味は良い。青年が用意する食事は時々不思議なものがあるがどれも美味しいものばかり。

本人は何も食べないのにどうやって作られているかも疑問だ。これも魔法なのだろうか。


エルネストがそれを聞こうと思ったとき、窓からコツコツと音が聞こえた。

青年の飛ばした鳥が戻ってきていて、器用に窓に張り付いている。


「早かったね、ご苦労さま」


青年が窓を開けると、鳥は彼の肩に乗った。嘴には封筒をくわえている。

それを青年がエルネストに「返事が来た」と渡した。


「……本当に?」


その封筒は真っ白ではなくやや黄みがかっている。封蝋もなくエルネストが手紙を入れた封筒ではない。

開けてみると粗末な紙が入っていた。これももちろんエルネストの書いた手紙とは違う。

開いてみると、急いで書いたような乱れた筆跡の文字が並んでいた。


「……エルネストが無事なようでとても安心しました。でも多少は動いたり歩いたりしないとすぐお爺さんのような痩せた軟弱な体になるでしょう。運動記録も報告してください。ベアトリスより。……なんだこれは」

「ふ……ふふ、あははっ!」


エルネストは眉間に皺を寄せ、青年は堪えきれず腹を抱えて大笑いした。

こんなふざけた返事を書くのはベアトリスで間違いなさそうだ。


「エル……君の仲間は本当に最高だよ」

「手紙が届いたのはよくわかった」


青年は息を整え目尻の涙を拭くと、満足そうな笑みをたたえて鳥の首を撫でた。


「皮肉じゃないよ。ベティはとても君のことを心配してるし、その上賢い返事を送ってきた」

「どういう意味だ?」

「僕の説明より、実際聞いた方が早い」


青年が鳥から手を離す。

すると信じられないことがエルネストの目の前で起こった。


『きゃっ! なに?』

『ずいぶんでかい鳥だな』

『あれ、何かくわえてるよ』


「ベアトリス、アレシュ、セス!」


エルネストは仲間たちの名を叫ぶ。

3人の声は確かに白い鳥から発せられた。


「エル、鳥は3人の会話を覚えてきただけだよ」

「なんだって?」

「続きを聞こう。ね?」


俄には信じられないがとりあえずエルネストは口を噤んた。


『ちょっとごめんねー。……わあ、高価な封筒。あれれ、アレシュたちへって書いてある』

『はあ? ……とにかく読んでみるか』

『あたしにも見せて』


しばらく鳥は黙っている。まるで3人がそこにいて手紙を読んでいるかのような静寂だ。


『こ、これ、本物?』

『エルネスト、無事なのかよ!? 無事ならそう書けよ、わかんねーよ、バカヤロー!』

『アル、落ち着いて。ちょっと考えさせて』

『ふ、ふえええ〜』

『セスも泣かないでよぉ!』


3人はすっかり混乱しているようだ。セスはぐすんぐすんと泣きじゃくり、アレシュはエルネストを罵倒する言葉を並べる。ベアトリスだけが彼らを諌めていたがやがて黙りこくった。


『……ベティはどう思うんだ?』

『うーん……エルネストらしいと言えばらしい手紙よね』

『どうやってこの鳥に運ばせたの? 鳥さん、君はエルの友達?』


セスの無邪気な問いに思わず顔が綻ぶ。

再びベアトリスの声が聞こえてきた。


『ねえ、この鳥、もしかして返事を待ってる?』

『お前、鳥の言葉がわかるのか?』

『そんなわけないでしょ。ずっとあたしたちのこと見てるからそうなのかなと思っただけで』

『じゃあダメ元で書いてみようよ』


どうするのかと3人は相談していた。少し経ってベアトリスがひとつ思いついたので村の人に紙とペンを借りてくると言った。

手紙を書き上げて戻ってきたらしいベアトリスがそれを読み上げる。


『お前、エルネストを皮肉ってどうする気だよ』

『皮肉はあいつが戻ったらたっぷり言ってやるわよ』

『わかった! ベティ姉さんはエルが怪我したり閉じ込められたりしてないか確かめたいんだね』


得意げなセスの言葉にベアトリスの返事はない。おそらく無言で頷いたのだろう。


『また返事寄越せって言っておけよ』

『頼むよ、鳥さーん!』

『果物用意しておくわね、気をつけて』


彼らの声はここで終わりだった。

青年は「どう?」と言いたげにエルネストへ微笑む。


「……確かに届いたと信じる。……ありがとう」


その瞬間、「ううっ!」と呻いて青年は胸を押さえ屈んだ。鳥は軽く羽を広げ、青年の肩からエルネストへと飛び移る。


「魔王?」

「はう〜〜。これはデレ発言認定していいのかな? いいよね?」


彼は時折意味不明な言葉を呟く。

エルネストは少し慣れてきて、青年が落ち着くのを黙って待つことにした。


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