4 インタビュー
絵のモデルをさせられた次の日、エルネストの朝食後に白銀の青年は部屋へ入ってきた。
そろそろ来るだろうと予想していたので転移を見せられても驚かない。
青年はおはようと言いながら指先でちょんとエルネストの額に触れた。
「昨日よりさらに体調が良くなってる」
嬉しそうに微笑む様子は嘘とは思えない。
彼が本当に魔王ならその言葉と表情はやはり不思議だ。
――おとぎ話のように太らせて食うつもりならともかく。
下らないことを、と自嘲してエルネストが青年を見返すと、彼は慌てて指を離した。
「ふわっ、今日もカッコイイ……。じゃなくて、今日もエルにお願いがあるんだ」
「わかった」
「まだ何も言ってないよ?」
「望まれれば俺は何でもする。――それが仲間たちを無事に戻す条件だからな」
突然、青年は「くわぁっ!」と叫んで頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
エルネストは一瞬呆気に取られたが、気持ちが落ち着いてからとりあえず話しかけてみる。
「おい、大丈夫か?」
「あああ、エルが尊い。仲間思い発言、せっかく聞けたのに脳内で再生するしかないのかあ……」
「……魔王?」
ごにょごにょと何か言ってるがよく聞き取れない。
とりあえず(頭以外の)身体に異常はなさそうなのでエルネストは放っておいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから大きく深呼吸していつもの調子に戻った青年は、「準備してくるね」と壁を通って出ていった。
窓の外を見ながら待っていると昨日の少年2人が転移して入ってきたのだが、4人くらいが食事に使えそうな大きさの正方形のテーブルを運びこんできた。
2人はそれを部屋の中央に置き椅子を並べる。
何が始まるのだろうと見ていたら、少年の1人が椅子を引いてエルネストに座るよう促した。
その通りにすると壁からまた白銀の青年が現れた。
「セッティングはできてるね。じゃあ始めよう」
青年はエルネストの斜め向かいの席に腰掛ける。真正面よりも距離が近い。
そして残り2脚の椅子に少年たちが座った。エルネストを除いた全員が本や紙束を持っている。
何が始まるのだろうと思っていると、青年は本を開いてにこりと微笑んだ。
「エルへのインタビューを始めるよ」
「インタビュー?」
紙束をテーブルに置いた少年は羽根付きペンを握る。
もう1人の少年は本を開き、白紙のページに向かって絵筆を手に取った。
「僕が質問をするから答えてくれるかな」
「ああ……」
青年は軽く息を吸った。
その一瞬の、目を細めた表情が絵のように美しい。
エルネストは自分ではなく彼こそが描かれるべきだろうと思う。
「では、まずエルの生い立ちを教えてくれる?」
「生い立ち?」
「生まれたところとか家族の話だよ」
「そういう意味か」
少し考えてエルネストは語り出した。
エルネストは地方領主の次男だった。
領主とはいえ治める領地はそれほど広くなく、王都からは馬に乗って3、4日はかかるくらい離れていた。
次男のエルネストは家を継ぐことはできないので王家の騎士になるつもりでいたが、10歳の時に伯父の家へ養子に出された。
伯父もまた地方領主の1人だが夫婦には子どもがおらず後継ぎを欲していた。
それから3年後、エルネストは領地を守るため剣技の養成学校に入った。
そこで彼の人生を大きく変える出来事が起こる。
「その学校では嗜み程度に魔術の講義と演習があった。調べてみると俺の魔力と魔術師としての才は飛び抜けていたらしく、魔術を磨き王家の魔術師になるよう命が下された」
「じゃあ領地の後継ぎは?」
「別の親戚の子どもが養子となったそうだ」
「……」
青年はなぜか眉間に皺を寄せた。今の話のどこに気に入らない箇所があったのだろう。
もっと細かく話せばいいのかとエルネストが聞こうとすると、青年は陰鬱な表情で彼を見やる。いつもの機嫌良さそうな顔とまるで違っていてエルネストは少し驚いた。
「大人の都合で子どもをあっちこっちにやるなんて……」
子どもとは自分のことを言ってるのだろうか。だとすれば青年の認識はずれている気がした。
「都合ではなく適材適所だろう。それに人は生まれた境遇によってほぼ道が決まるものだ。俺の場合はやや珍しいかもしれないが」
「うーん……そういうことじゃないんだよ。そもそも常識が違いすぎる……」
魔王の常識と人間の常識は違って当然だ。
しかしこの自称魔王の青年はエルネストを気遣うようなことを呟いた気がする。
何だかしっくりこなくてエルネストが首を傾げていると、筆記していた少年がつんつんと青年の腕を小突いた。
「なに? ……ああ、インタビューを進めないとね」
少年は何も話してないのに会話が成立している。
彼らがお互いに馴れているせいなのか、青年が魔王だからなのか。
エルネストはそれを聞いてみる気になれなかった。
青年はまた普段のように屈託ない笑顔を見せる。
「エル、話の腰を折ってごめんね。続きいいかな?」
「ああ……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから老年の魔術師の弟子となったこと、攻撃系の魔術が向いていたので専門的に技術を磨いたこと、王家の魔術師になる前に勇者パーティを組むよう命令されたことをエルネストは淡々と話した。
「それでアルたちとパーティを組んだの?」
「そうだな」
「ふうん……」
青年は軽く口角を上げて目を細める。
その表情はエルネストの老師匠にやけに似ていた。
数年前、アルたちと組むと報告したときもそんな顔をされたのだ。
「アルとベティ、セスはとても強いってエルが認めたから?」
「……」
エルネストはつい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
実際のところ、アルたちのことを特別強いとは思っていなかった。
たまたま彼らのパーティに攻撃系魔術師がいなかったので、国から命令されてエルネストが加わった。
だからエルネストはアルたちに何も期待していなかったし、自分は義務を果たすだけだと思っていた。
「エル、話したくない?」
「話さないと駄目なのか」
「君の好きにしていいよ」
青年は気を悪くした様子もなくただ微笑んでいる。
しかしなぜだかエルネストの全てを見透かしているように見えるのだ。
「……正直言って3人はそれほど強いとは思っていなかった。アレシュは力はあるが技が大雑把で性格は単純だ。ベアトリスは動きは器用だか不真面目で本気を出していない。セスは魔力は多いが魔術のコントロールが悪くまだまだ子どもだった」
「エリートのエルとは釣り合わないよね」
「そうは思わなかったが、パーティとして何かが欠けている気がした。俺が入ってもそれを埋められるとは思えなかった」
青年は思い出すかのように天井を見やり、人差し指を立てた。
「でも王国では最強のパーティだったでしょう。どうしてそんなに強くなれたんだろう」
「それは……戦っているうちにお互いのことがわかるようになったから、だろうな」
攻撃でも防御でも、ベアトリスは全体を見て素早く指示してきた。彼女がエルネストの魔術や力量を理解すると、指示はどんどん的確になり戦いやすくなった。
それだけでなくアレシュがどのタイミングで攻撃を仕掛けるか、セスがどうサポートして逆にどう彼を守ればいいかもエルネストはわかってきた。
エルネストにとって、こんなに一緒に戦いやすい仲間は初めてだった。
「どうして?」
真っ直ぐに問われても、エルネストには明確な答えが出せない。
どうして彼ら3人とはあんなに相性が良かったのだろう。
そう考えると、魔力のない空っぽの自分の中が余計に寒々としてきた。
エルネストが腕でそっと腹を押さえると、青年は少し悲しげな顔をする。
「仲間が心配だよね? もう怪我は元通り治ってるよ。……信用できないかもしれないけど」
「いや、信じる」
無理にでも信じるしかない。
そうしないとエルネスト自身がどうにかなってしまいそうだった。
青年はぱたんと本を閉じ、エルネストを驚かせる言葉を告げた。
「エル、アルたちに手紙を書いて送ろうか」