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3 モデル


魔王と名乗る青年が消えてから、エルネストは窓の外を改めて眺めた。

目の前には無数の針葉樹。黒や茶色の鳥たちが枝にいるが魔獣かもしれない。

魔王の城と同じように空には厚い雲がある。雨か雪でも降り出しそうだ。


「エル、お待たせ」


白銀の青年が壁の前にいる。転移してきただろうが少しも気配を感じなかった。

彼の手にはスープ皿の載ったお盆がある。それが妙にぎこちなく見えた。


「どうぞ、そこの椅子に座って」


エルネストは言われた通り丸テーブルの前の椅子に腰かける。

この青年を信じたわけではないが、魔力のない状態では素直に従うのが得策だと思えた。

エルネストを注視しながら青年は慎重にお盆を置いた。


「野菜を柔らかく煮込んだスープだよ」


食べて、と告げる声に怪しさは微塵も感じられない。


青年の先程の話が奇妙なこと、転移の魔法をたやすく使えること、エルネストの魔力が空っぽなのを知っていたこと。


それを除けば彼はただの優しい若者に見える。

じっと彼を見つめていると、段々その頬が紅を塗ったように染まってきた。


「わ、わわわ」


青年はすすすっと後ずさりする。

突然の行動に、エルネストは何かしただろうかと思わず自分を疑ってしまった。

壁の前まで来ると彼は大きく息を吐き出した。


「ふうう……。エルと見つめ合っちゃうなんて、死ぬかと思った」

「は?」

「な、何でもないよ。それよりスープ飲んで。ちょっとずつでも栄養つけないと」


エルネストは目の前の器を見た。野菜を煮ただけのシンプルなスープだが良い匂いがしている。何か危険な物が入っているとは思えない。

……相手が何者かわからないので警戒はするべきだ。

しかし今のエルネストは最大の武器である自身の魔力を失っていた。

つまり何もできないひ弱な人間でしかない。


エルネストはため息を飲み込んでスプーンを取った。



スープは塩味控えめで、苦手な人参は入っていない。偶然にもエルネストの好みの味である。

食べ終わると青年は近づいてきて「ちょっと動かないでね」と人差し指を彼の額に当てた。

エルネストはおとなしくその言葉に従う。

自分を魔王だと言うこの青年は、エルネストが今まで会った人達の中で一際柔らかい雰囲気を持っている。

エルネストが囚われの身でなくても言う通りにしてしまいそうだ。


「うん、身体の調子はほとんどいいみたい」


指を離して青年はにっこりと頬を緩ませた。


「念のため、今日は休んでおこうね」

「……では明日は?」


視線を向けると青年は「う、上目遣い……」と呟きながら後ずさる。


「エルには明日からしてもらいたいことがあるんだ。だから、よろしくね」

「それはなんだ?」

「明日のお楽しみだよ。あ、バスルーム作っておかないと」


青年がすっと壁に指を向ける。そちらに目をやると、何もなかった壁に胡桃色のドアがついていた。エルネストは思わず息を飲む。


「じゃあまた明日。お休み、エル」


呆然としている間に青年は白い壁に飲み込まれるように消えていった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆




翌朝、エルネストが目を覚ますとテーブルの上には朝食があった。魔王討伐の長旅をしていたので、携帯食や野生動物ではない落ち着いた食事は久しぶりだ。

バスルームで顔を洗って食べ終えると、壁から誰かが現れた。昨日の青年ではなくもっと小柄な少年だ。歳は12歳くらいだろうか。茶髪で素朴な顔をしているが子どもらしい表情が少しもない。それが壁から現れたこと以上に気味悪く感じる。

少年は無言でテーブルまで来て、エルネストの使った食器を下げた。


「……ありがとう」


気味の悪さはまだあるが一応礼を言っておく。

少年の肩がちょっと動いたように見えたが気の所為かもしれない。

その少年が消えるのと入れ替わりに、自称魔王の青年が現れた。


「おはよう、エル。昨日よりもっと元気そうに見えるよ。良かった」

「……おはよう」


青年の言い方に釈然としないものをエルネストは感じる。

もしも青年が本当に魔王であれば、自分や仲間を傷つけたのは彼自身だ。なのに元気で良かったなどと言っている。


「エル?」


その気持ちを表には出さず、エルネストはゆっくりと立ち上がった。


「昨日言っていた俺にさせたいこととは何だ?」


今の状態なら断るのは無理だ。

口調は冷静だが内心ではどんなことでも受け入れるしかないと覚悟していた。

そんな心情も知らず、青年は満面に笑みを浮かべてどこからか大きな箱を取り出した。


「じゃあまずは着替えてもらおうかな」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



苦痛ではない。

しかしこんなに精神的にきつい目に合うのは初めてかもしれない。


「もう少し顎を引いて。……うん、それくらい。目線はあくまでもクールにね」


エルネストが着ているのは、戦ったときにまとっていたのとそっくりな黒のローブ。ただし自分の物はそれ程上等ではなく、長旅であちこち破れたり色褪せたりしていた。しかし今着ている物は触ったこともないような高価な生地だ。よく見ると光沢のある糸でさりげなく刺繍もされている。


そして青年の指示で攻撃魔法を放った時のポーズを取らされている。左手は黒檀で作られた杖を構え、右手は大きく開いて正面に向けている。が、エルネスト自身はそんな舞台劇のようなポーズをした覚えは一切ない。


そんなエルネストの姿をさっきの少年が黙々とキャンバスに描いていた。

さらに右斜めには別の少年がいて同じようにエルネストの絵を描いている。

青年はエルネストにポーズの指示を出し、2つのキャンバスを行ったり来たりと忙しない様子だ。そして何故か楽しそうににこにことしていた。


対照的にエルネストは視線を向けられるのに慣れず、むず痒い気分を我慢していた。同じポーズをとったままでいるのも楽ではない。

しかし休憩させて欲しいと青年に頼むのは何となく嫌だった。打倒魔王の旅に比べれば肉体的には全然苦ではないので、この程度で音を上げるとは思われたくない。


正面でエルネストを描いていた少年が軽く右腕を挙げた。気づいた青年が近寄ると何か話しかけているようだ。2人の姿はキャンバスに隠れているので何を話しているかわからない。

右側にいた少年も手を挙げた。今度は青年はそちらに言ってまた何かを話している。

話し終わってから青年はエルネストに顔を向けた。


「エル、お疲れさま。モデルを見なくてももう絵は仕上げられるって」


内心ほっとしながらエルネストは両腕を下ろす。大きくため息をつこうとしたところ、いつの間にか青年がすぐ目の前にいたのでぎょっとした。

エルネストの戸惑う顔を見て青年はにこりと笑った。


「絵が出来上がるのが楽しみ。どこに飾るか考えておくよ」

「俺の絵など何の役に立つ?」


ため息混じりに聞くと、青年は両手をぐっと握る。


「絵を見ればエルがいるんだよ? 寝ても起きても同じ場所にエルがいるって思うだけで……」


青年は感極まったように口を結んでプルプルと震えている。

エルネストは彼が何を言ってるのか、何にそんなに感激しているのか少しもわからない。だから返事の代わりに軽く首を傾げるだけだった。

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