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18 魔術師の伴侶


数十日前に派遣された勇者パーティが魔王討伐から戻ってきた。

彼らはアレシュをリーダーとする前パーティよりも個々の実力は劣るが、経験豊富な騎士や魔術師たちである。そのため王宮からの大きな期待を背負っていた。

しかし彼らの報告は意外なものだった。


彼らは魔王城から一番近いとされている集落から森に入り城を目指した。しかし行けども行けども木々ばかりで何も見つからない。城どころか小屋1つさえ建っていなかった。

その上、森にいる魔物も弱いものばかりで、狩りに慣れている者なら簡単に倒せるほどだった。


そのように森の様子は今までの調査隊やパーティの報告とは全然違っていた。

集落の住民たちからも話を聞いたが、最近は森で凶暴な魔物を見かけなくなったと言った。


前勇者パーティのアレシュたちが実は魔王を倒していたのではないかと彼らは考えた。

だがアレシュたちが集落から王都に帰った後も、森には凶暴な魔物がいたらしい。


森や魔王城に何が起こったのか誰もわからなかった。

しかしとりあえずは勇者パーティの派遣を中断すると王宮は決めた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



エルネストは王宮魔術師として仕事に復帰した。

魔王討伐から戻り半年ぐらい経った頃のこと。

彼に24歳の誕生日が来たのを知った同僚が、そろそろ結婚してもいい年齢だろう、相手が見つからないなら紹介しようかと言った。

するとエルネストは普段の涼しい顔つきで「伴侶はもういるのでお構いなく」と答えた。

寝耳に水だったので、同僚たちは嫁に会ってみたいと願ったが、彼は「体が弱く内気なので」と断った。


好奇心旺盛な者がエルネストのかつての仲間たちに聞いたところ、

騎士のアレシュは「俺が何か話したとバレたらエルに殺される」と言い、

用心棒のベアトリスは「王都一のバカップルよ」と言い、

魔術研究所のセスは「エルのお嫁さん?すごくいい人!」と言うのだった。


エルネストは通いの使用人しか雇わず、彼の嫁は部屋から絶対に出てこないので、その姿を見た者は誰もいない。

廊下にいるとエルネストと嫁の楽しそうな話し声が聞こえたりするので、夫婦仲はとても良さそうだとのこと。


結局、エルネストの伴侶について詳しく知ることはできず、同僚たちは諦めるしかなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



魔王の力を奪われてただの人間になったアオイは、自分がエルネストにしたように彼に囲われる身となった。

実際はエルネストがアオイの繊細な心と体調をやたらと心配し、強引に自分の家に住まわせたのだ。


アオイはエルネストと彼の仲間たちとは気軽に話せるが、それ以外の人々を物凄く怖がった。

自分の意思ではないとはいえ、アオイはかつては国中の人間から恐れられ忌み嫌われていた「魔王」である。

もしも正体がバレたら.......と考えるだけでも恐怖だった。


そのことはエルネストにとってある意味都合が良かった。

ベアトリスに言わせると「独占欲の塊」であるエルネストは、アオイの対人恐怖症を理由に家から出さないようにし、使用人がいる間は部屋に閉じ込めている。

しかも魔術を使って自分が認めた者しか入らせない結界まで張るほど徹底していた。

仲間たちが来るとアオイを部屋からは出すが、彼が楽しそうにしていると割って入り話を中断させることもしばしばあった。


そんなエルネストを仲間たちは「嫉妬深い」とからかったり非難したりした。

エルネストは何を言われても気にせずにアオイを自分の方に引き寄せ、アオイは赤くなったりはにかんだりする。

それがどう見ても相思相愛のカップルにしか見えず、結果ベアトリスにバカップル呼ばわりされるのだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



王都に戻って2ヶ月ほど経った頃、エルネストはアオイに1人だけ会わせたい人物がいると告げた。

エルネストは本当は会わせるつもりはなかったのだが、本人が顔が見たいとしつこいので渋々了承したのだ。

魔王だったアオイを人間にできたのは彼の助けのおかげなので、どうしても断るのは無理だった。


その人物が来る当日、エルネストが迎えに行きアオイは緊張しながら家で待っていた。

アオイは応接間のソファーに座って外を見ていたが、朝からずっと落ち着かない。

今までまともに話した人間はエルネストと彼の仲間のたった4人だけだ。コミュ障なのは仕方ない。

こんなことなら他の勇者パーティも魔王の間に来やすいように工夫すれば良かった。多少は会話の練習になっただろう。


そんなことをつらつら考えていたら玄関のドアが開いた音が聞こえた。防犯の魔術が発動しないのでエルネストだ。

出迎えるべきかと立ち上がった瞬間、応接間のドアが勢いよく開いた。


「おう、あんたが元魔王か。想像してたのと全然違うな」

「ひぃっ!」


現れたのは短髪で口ひげを生やした体格のいい男だ。白髪なので年齢は初老だろうが、日焼けしていて屈強さを感じさせる。

そんな強そうな男に「元魔王」と言われて、アオイはその場で失神しそうになった。

そのふらついた体を優しく後ろから支えられる。


「師匠、アオイを驚かすなと言っただろ。今すぐ辺境に飛ばされたいか」

「ちょっと声をかけただけだろうが。な、エルの伴侶さん?」


アオイにとっては「ちょっと」どころではないが、反論する勇気はない。

気安く話しかけてくる相手はエルネストの師匠・ロドルフに間違いないだろう。


アオイが顔を上げるとエルネストの端正な顔があり、真っ直ぐに彼の師匠を睨みつけていた。


「エル、自分の師匠にそんな尊大な態度.......。はっ! こ、これは『下克上』ってやつ?」


エルネストに支えられながらアオイは両手の指を組み、ふるぶると体を震わせる。


「立派な魔術師に育ててくれた師匠を倒そうとするエルネスト.......。尊敬してる相手に無慈悲に強大な力を振るおうとするなんて.......ううう、ダークなエルもカッコイイ!」


潤んだ目でエルネストを見つめるアオイに、ロドルフは珍獣を眺めるような目を向けた。


「思考が斜めすぎて面白いな。しかし確実に言えるのは、エルが俺を尊敬とかしたことはない」

「.......アオイ、ソファーに座れるか?」


エルネストの声でアオイは自分の世界から戻ってきたようで、キョロキョロと周りを見回す。

ロドルフの視線に気づくと慌ててエルネストから離れて頷いた。


「だ、大丈夫っ! あ、お師匠さま、こんにちは」


ロドルフに挨拶はしたものの、アオイはエルネストの後ろに隠れ、顔だけをひょこっと見せた。

エルネストは小動物でも見るように微笑みながらアオイの手を軽く握る。


「心配するな、アオイ。師匠が何かする素振りを見せたら、一瞬で砂しかないような辺境に転移させてやるからな」

「そこまでしなくて大丈夫。王都の外でいいよ」

「俺は弟子の家に入るのも命懸けかよ.......」


呆れながらロドルフはソファーにどかりと座り、その向かいにエルネストとアオイが座った。

アオイは艶のある長い銀髪と美しい顔立ちの青年だ。だが顔を俯かせちらちらとロドルフを見る様子は、何十年も人々を苦しめる元凶だった魔王と言われても信じられない。

エルネストは安心させるようにその頭を撫でた。よくよく見ればまだ手を繋いだままだ。


「エル、『歴史は繰り返す』って言葉を知ってるか?」

「なんだ、藪から棒に」


怪訝な表情の弟子に、ロドルフはにやりとする。


「童歌を覚えているだろ。魔術師の出てくるやつだ」

「.......そんなものは忘れた」


エルネストはしれっと答え、アオイの髪を1束すくって指を絡ませる。

何も知らないアオイはきょとんとしていた。


エルネストの白々しい態度にロドルフは内心ため息をつく。自分は惚気を見せられに来たのかもしれない。

そして童歌に続きができたら、と思い浮かべてみた。


次の歌詞は、黒い魔術師と白銀の嫁が登場するに違いない。


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