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17 脱出


エルネストは魔王ーーアオイをしっかりと抱き締めて口付けた。


この場にいる誰もが固まったように動かない。

ただ壁掛け灯の炎が大きく揺らめいているだけだ。


数秒の後、アオイが「んぅっ」と身じろいだ。

エルネストは彼を逃がさないよう両腕に力を込める。握っていた短剣は音を立てて床に転がった。


瞬間、濁流のような魔力がエルネストに流れ込んできた。

気が遠くなりそうなのを何とか堪え、アオイのシャツを握りしめる。


「んんんっ!?」


アオイも自分の身に起こった現象に気づいたのだろう。

彼の動揺が伝わってくるが、まだ十分に奪い取っていない。

エルネストは落ち着かせるようにアオイの髪をそっと撫でた。


「エル? な、なにしてるの?」


ベアトリスはただ呆然と2人を見つめていた。

アレシュとセスも口を開いたままぽかんとする。


「セス、エルの実験って.......」

「違うよっ! 僕は手を握っただけ!」


アレシュに誤解されそうになり、セスは慌てて否定した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



エルネストは魔王を物理的に倒すのではなく、魔王の力をアオイから取り除けないかとロドルフに相談した。

アオイがエルネストから魔力を取り上げたり、逆に戻したりできたのがヒントとなったのだ。


今の魔術師は魔力のやり取りなどしていないが、術として存在していたのはわかっていた。

ロドルフはあらゆる文献を読み直し、術を行う条件と方法を探り、エルネストと共に試してみた。


その結果、条件はお互い信頼し合う者同士であり、体の一部を接触させることだとわかった。

魔術を発動するときに使う器官を接触させれば、魔力のやり取りはよりスムーズになる。


エルネストはセスの手を握って少しだけ魔力を吸い取ってみせた。

その痺れたような感覚に驚いて、セスはロドルフの家で軽く悲鳴を上げたのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



流れ込む魔力のせいで軽く目眩がする。

あと少しだけ、と思ってからどれくらい経っただろう。

体からそれらが溢れそうになり、エルネストは限界を感じてアオイから身を引いた。

ふらつきそうになったが、先に崩れ落ちたのはアオイの方だった。エルネストは咄嗟に彼が頭を打たないよう抱きとめた。


「アオイ、大丈夫か?」

「エル.......」


虚ろな目で見上げてくるアオイに申し訳ない気持ちが湧いてくる。

しかしこの方法は間違っていないはずだ。


「気分はどうだ」

「お腹が.......空っぽ?」


その表現にエルネストは思わず笑った。

自分がアオイに魔力を取られたときとそっくりだ。


「エル! 上手くいったの?」


仲間たちが駆け寄って来たが、セス以外の2人は微妙な表情だった。

魔力の移動についてあまり詳しく話してなかったので仕方ない。


「おそらくな。予想してた以上の魔力量だったが.......」


突然、物凄い地響きが聞こえてきた。

この部屋自体も微かに揺れている。

一同はきょろきょろするが、暗い屋内では何が起こったのかわからない。


「何よ、これ.......」

「『地震』ってやつじゃねえか?」

「地震? 地面がぐらぐら揺れるんだっけ?」


それに答えるかのように今度は大きく横に揺れる。立っているのもやっとだった。


アオイがエルネストのローブをぎゅっと掴んだ。


「僕が、魔王じゃなくなったから.......?」

「どういうことだ」

「たぶんこの城は魔王の魔力で作られたんだ。でも魔王はもういないから城が壊れるかも」

「まずいな。急いで出よう」


エルネストはアオイの背と膝裏を腕で支えひょいと抱き上げた。身長は自分とあまり変わらないのに随分と軽い。

横抱きにされたアオイは驚いたように瞬きを繰り返す。


「エル、転移して!」


ベアトリスの言葉で仲間たちがエルネストにしがみつこうとしたが、彼は首を横に振った。


「無理だ。まだ魔力が安定していない」

「えええっ!?」


さらに大きな地鳴りが響く。同時に床の揺れも激しくなり、4人は大急ぎで扉へ向かって走った。


エルネストに運ばれながらアオイが「チャコ! クロちゃん!」と叫ぶと、横から2匹の小さいネズミが彼の胸に飛び込んできた。アオイは安堵して肩の力を抜く。

そのネズミについて聞いてみたかったがそんな暇はない。


扉から出て廊下を進むと、数羽の黒い鳥が一斉に襲いかかってきた。入ったときは姿を見せなかった魔物たちだ。

アレシュとベアトリスが剣を振るい瞬殺する。

ほっとしたのも束の間で、次は頭上や後ろからも襲いかかってきて、セスとエルネストが魔術で応戦した。



それから階段を降りれば熊のような魔物が現れ、廊下を進めば狼や蛇に似た魔物が現れた。

セスは全員に速度上昇の魔術をかけ、魔物には幻惑の術をかけた。

エルネストは戦士2人の剣に炎の属性をつけ、倒すのが面倒な魔物は凍らせて動きを鈍くする。もちろん両腕でしっかりとアオイを抱いたままで。

アレシュとベアトリスは魔物を切り捨てながら進んで行ったが、魔術で強化されてるとはいえ人間とは思えない戦闘力とスピードだった。




5人が魔王城の巨大な門を通り抜けるのとほぼ同時に、城は大音響と共に崩壊していった。

細長い塔は次から次へと崩れ、建物本体も壁がぼろぼろと落ちてゆく。

勇者たちと魔王だったアオイは黙ってそれを見守った。


「あら.......空が晴れてる」


ベアトリスの呟きを聞いて空を見上げると、厚い雲はいつの間にかちぎれちぎれとなり、合間から夕焼けが見えていた。

アオイが小さく「わあ」と声を上げた。腕の中にいる彼の顔色は思ったよりも良く、エルネストはほっと一息つく。

その動きが伝わったのか、アオイが急にばたばたと手足を動かした。


「エルっ、いつまでも抱っこされててごめんっ!」

「いや、平気だ」


そのままでも構わなかったが、彼が暴れるので仕方なく地面に下ろした。


「あの.......エル、さっきは、その、僕の魔力を吸い取ったんだよね」


アオイが頬を赤くしてもじもじしながら言った。


「ああ」


そう答えながらも、さらに彼に触れたくなるのはなぜだろうと思う。


「魔物が襲ってきて城は倒壊した。アオイが魔王じゃなくなった証拠だろう」

「うん。ありがとう、エルネスト」


屈託ない笑顔を見せられてエルネストも微笑んだ。


「でも、僕に魔王をやめさせることができるってどうしてわかったの?」

「アオイから聞いた言葉のせいだ。『魔王は存在じゃなく現象』と言っただろ」

「それだけで.......。本当に君はすごい魔術師だね」


エルネストは魔術師として幾度も褒め言葉をもらってきた。しかし自分は常に当たり前のことをしただけで心を動かされたことはない。

だがアオイに褒められるのは悪くない。返事の代わりにエルネストは彼の艶のある白銀の髪をゆっくりと撫でた。


ふと仲間たちの視線を感じて後ろを見やる。

アレシュは戸惑った顔でベアトリスは好奇心たっぷりの顔、セスはにこにこしていた。


「アレシュ、ベアトリス、セス、城から連れ出してくれてありがとう。無事なのはみんなのおかげだよ」


アオイが生真面目な表情で礼を言う。

3人は「たいしたことじゃない」と謙遜したが、アオイはふるふると首を横に振った。


「アレシュの剣さばきは本当に凄かった。力強いのに無駄がなくて優雅さを感じたよ。ベアトリスは戦うだけじゃなくてみんなにさりげなく指示を送ってたよね。動きは速いのに判断が冷静でとても感心した。セスの魔術は次から次へと重ねがけしてるのに全然揺らぎがなくて、魔力の強さだけじゃなくて技も完璧だって思った」

「あ、あまり喋るな。なんかくすぐったいぞ」

「アルは褒められ慣れてないもんね。あなた、アオイ.......くん? エルに抱っこされながらしっかり見てたのね」

「魔術の重ねがけとかよく気づいたよね。あ、元魔王だから?」


アオイが素直に3人を褒め、わいわいと話が盛り上がる。エルネストはそれを見ながら経験したことのないもやもやした気分になってきた。


アオイはさらに彼らを褒めちぎってから、「前は怪我させてごめんなさい」と謝った。

微妙な表情の3人を見て、もう良いだろうとエルネストはアオイを抱き寄せた。


「エル?」

「もう十分話しただろう。終わりだ」

「へ?」


「どうして?」と聞かれるが、エルネストは答えようがない。

たとえ仲間でも自分以外の者とアオイが長く話すのが気に食わないのだ。

嫉妬だよね、心が狭い、と聞こえてきたが無視をした。


不思議そうにしているアオイの髪の中から、「チチチ」と2匹のネズミが顔を覗かせた。1匹は茶色の毛でもう1匹は焦げ茶だ。この色をどこかで見たような気がする。

その鳴き声にアオイははっと顔を上げた。


「ああっ! エルの絵姿! 本も!!」

「なんだ?」


アオイは「ううう〜」と呻きながら倒壊した魔王城を見て震えている。

絵姿と本とは、自分が一緒にいた時に描かせたり書き留めさせたりした物だろうか。


「この世に1つだけの宝物だったのに〜。どうしてあれを持ってこなかっだんだろ。僕のバカバカバカ!」


アオイは悲しそうに両手で顔を覆う。

エルネストはその手を優しく握り、顔から離させた。


「.......エル?」

「絵も本もどうでもいいだろう」

「だって、あれはエルの.......」

「本人が目の前にいるのに、絵の方がいいのか?」

「.......っ!」


かあっとアオイの顔が朱に染まり、それを隠すかのように俯いた。

エルネストはその反応に満足して彼の頭を撫でる。サラサラの髪の感触が気持ち良い。


「絶対に俺らのこと忘れてるよな」

「用事も終わったし、もう帰りたいわ」

「うん、お腹空いてきちゃった」


アレシュ、ベアトリス、セスの3人は呆れた目で2人を見守っていた。


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