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14 伝承


ロドルフは手土産に持ってきた葡萄酒をぐびぐびと飲み、セスはつまみの肉や果物をぱくぱくと食べている。

師匠が機嫌良くほろ酔いになったところでエルネストは話を切り出すつもりだったが、いつの間にかセスが魔王討伐の旅の話を始めていた。


「で、僕は魔力切れで寝ちゃってたんだけど、みんなもボロボロにされてエルは魔王に捕まっちゃったんだ」

「はっ? ベアトリスの間違いじゃないのか?」

「本当だよ。もー、心配で心配で.......」

「いや、絶対に間違いだろ。こんなつまんねえ男を手元に置いて何が面白いんだ」


本人を目の前に失礼なことを言ってるが、エルネストが逆の立場でも同じように言いそうなので黙っていた。


「それで何日か経ってから白い鳥さんが飛んできたんだ。エルからの手紙をくわえて」

「ふん?」


ロドルフの目がすっと細まる。興味を引いたのだろう。


「ベティ姉さんが返事を書いたら持って行ってくれた。とても賢い鳥さんだったよ」

「白い鳥.......か」


師匠は手紙云々より鳥の方が気になっているようだ。

エルネストはそのまま2人の会話に口を挟まず見守った。


それからセスは鳥が魔王の言葉を話したが、次の日にエルネストが戻ってきたことを告げた。さらに彼の魔力が異常なくらい増えていたことも。

話し終わってから、セスは「今の話は全部内緒ね」と慌てて言った。

ロドルフはゲラゲラ笑う。


「そういうことは先に言うもんだろ」

「だっておじいちゃんに会えて嬉しくて、全部話しちゃったんだよ」


ごめんね、と自分に謝るのでエルネストは首を振った。


「俺から話すつもりだったから気にするな。むしろ説明してくれて手間が省けた」

「そうそう、こいつは割とちゃっかりしてるんだ」


指さされて少しむっときたが、エルネストが話を切り出す前にロドルフが顔を向けてきた。


「で、俺に何を聞きに来たんだ?」

「前に魔王を討伐したときの記録だ。師匠なら過去の文献は読んでいるだろう」

「魔王を倒す手がかりが欲しいってか。だがな、何かわかっていれば討伐に行くパーティに教えないはずはない。悪いが文献には何もヒントはないな」


文献を直接読んだ師匠でも知らないなら仕方がない。

セスは残念そうにため息をつくが、エルネストにはもう1つ知りたいことがある。

それを話そうとすると、ロドルフは葡萄酒の最後のひと口を飲みにやりと笑った。


「エルネスト。昔のことが知りたくて文献を読む、ってのはいかにも優等生が考えそうなことだな」

「他に何があるんだ」

「その時代に生きてた連中に聞けばいい」


そんな昔の人間が生きてるはずがない。

エルネストが「無茶苦茶だ」と呆れた目を向けると、師匠は小馬鹿にするように顎を上げた。


「正確には連中の子孫に聞けってことだ」

「え、子孫がいるの?」


セスはきょとんとしている。

エルネストははっとして椅子に座り直した。


「伝承か」

「ああ。エルネスト、お前はついてるぞ。最近それらしい話を集めて書き留めておいたばかりだ」


ロドルフは得意げに言うと、立ち上がって弟子2人を書斎に促した。




ロドルフの書斎はこの家の奥の部屋だ。食堂よりやや広い空間で窓以外の壁には本棚が置かれ、隙間なく本が並べられている。

机の上には乱雑に開いたままの本や帳面があった。

師匠はその束から適当に帳面を引っぱりだし、ぱらぱらとめくり始めた。


「この辺に書いたと思うんだが.......見つからんな」


諦めて机に帳面を置き、別の帳面をめくってゆく。


ロドルフは十数年前に王宮魔術師を引退してからエルネストやセスのような若い魔術師を指導しているが、弟子がついていないときは王都の外に出て他の町や集落へふらりと出かけてゆく。

目的があるわけでなく、出かけた先で面白いものや珍しいものを見聞きするのが好きなのだ。

必ず帳面を持ってゆき、長く伝わる昔話などあれば書き留めているらしい。


ただ書き留めた物を整理整頓するのは苦手なので、彼の書斎はいつも本と帳面が乱雑に積まれている。そこから目当てのものを探すのはかなり時間がかかるだろう。


「師匠、探すのは今でなくても構わない」


師匠は酒を飲んでいる上に、ランプの灯りだけでは文字が読みづらい。明日にしようとエルネストが声をかけるが、ロドルフは「すぐ見つかる」と言い張って帳面を閉じようとはしなかった。


仕方ないのでエルネストも手伝うために帳面を読み始める。

セスも横から顔を出して見ていたが、飽きてきたのか欠伸を繰り返していた。


「セス、先に寝てていいぞ」

「うん.......そうする」


自分たちは今日王都に戻ったばかりだ。

疲れているだろうと思いセスに声をかけると、

素直に頷いて書斎を出ていった。


その後何冊か帳面を開いていると、ロドルフが「これだ!」と嬉しそうに声を上げた。

エルネストは師匠の座る方へ椅子ごと寄り、横からそのページを覗き込む。


「これはな、西にある集落で聞いた童歌(わらべうた)だ。童歌ってのは意味があるようなないような変なものが多いが、これはやけに具体的で面白いから書き留めたんだ」

「同じ名前が繰り返し出てくるな」



黄色い髪の魔術師ナタン

仲間を連れて旅に出た

山を越えて、川を渡って

寒い寒い冬の旅


黒いマントの魔術師ナタン

仲間と別れ旅は終わった

家を建てて、畑を耕し

風に揺れる春の花


灰色の目の魔術師ナタン

黒い嫁は家の中

家から出ないで、スープを作る

熱い熱いミルクのスープ



言葉は単純だが、どこか不穏な雰囲気がある。

童歌はそういうものだが、「魔術師」と繰り返しているところがエルネストは気になった。

魔術師と言う割には歌詞の中に魔術を使うくだりはない。


「師匠はこれのどこが面白いと思った?」

「名前だな。ーーエルネスト、1000年前に魔王を倒した勇者たちの中に『魔術師ナタナエル』という者がいたらしい」

「ナタナエル.......」


それだけなら偶然似ている名前だと思うだろう。

しかしロドルフは驚くべきことを言い出した。


「その魔術師ナタナエルは魔王を倒した後に王都を出て地方で暮らしたと書かれている。どこに住んでいたとか詳細はわからんが」

「歌のナタンがナタナエルかもしれないと?」

「ああ。この歌、最後が少し気持ち悪くないか? そこが面白いだろ」


エルネストはもう一度、帳面の文字を読み直した。


「黒い嫁、家の中、家から出ない.......まるで監禁でもしていたように読める」

「恥ずかしがり屋の嫁だったかもしれないぞ」


ちらりと師匠を見やると、いたずらっ子のように目を細めてシシシと笑った。


「もう1つ、別の集落で面白い話を聞いた」


ロドルフは別の帳面を出してページをめくる。


「勇者一行が旅の途中で泊まったと伝わっている集落があった。勇者たちの1人は大きな白い鳥を肩に乗せていたらしい」


エルネストは反射的に目を上げて師匠を見た。

ランプの弱い灯りに照らされたシワだらけの顔が目の前にある。


「エルネスト、お前と魔王の間で何があった?」


その目は真剣で、誤魔化しは許さないと語っていた。

エルネストは腹を据える。


「魔王は自分を滅ぼして欲しがっていた。だが俺には覚悟がなく追い出された」

「本当か? 勇者パーティをボロボロにする凶悪な奴だろ?」

「魔王は城から追い返すときにセスたちの怪我を治している。他のパーティにもそうしていたと俺は思う」

「お前が嘘をつくとは思えないが.......」


すぐには信じられないようでロドルフは絶句している。

しかしエルネストたちが無事で戻ってきたのが何よりの証拠だ。


「俺たちがまた魔王城に行けば、魔王は滅ぼしてくれと願うだろう。しかし俺はあいつとは別の方法を考えている」


エルネストの言葉にロドルフが首を傾げた。


そしてエルネストは、師匠に教えてもらいたいことがあると告げた。


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