13 師匠
集落を出発して20日目の朝、エルネストたち4人は王都の近くまで転移した。
門の外はほとんど人が通らないが、なるべく人目につきたくないので果樹園の間にある道を選んだ。
そこからは歩いて街の門をくぐり、一直線に王宮へ向かった。
王宮は赤茶色の煉瓦を積み上げた、古いが伝統的な造りの城だ。
王宮の入口で番兵に声をかけると、アレシュの顔見知りですぐに中へ通してくれた。
国王に派遣された勇者たちと言えど、魔王討伐が失敗した者たちが簡単に陛下に謁見できるわけがない。
待たされた小部屋には宰相の直属の長官がやって来た。
リーダーのアレシュが「魔王城までは行ったが魔物たちに苦戦し討伐できなかった」と報告した。
長官は明らかに残念がっていたが、一応は彼らを労いこの後のことは追って連絡するので帰って療養するようにと告げた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王宮を出て街の広場まで来ると、アレシュは大きく伸びをした。
「くはぁー。あの堅苦しい雰囲気には慣れねえな」
「へえ。出発式のときは騎士様みたいに気取ってたのにね」
「緊張で顔の筋肉が固まっていただけだろう」
「それは言えてる」
仲間3人にまとめて揶揄され、アレシュは一気に不機嫌になった。
ベアトリスとセスはクスクス笑っている。
見慣れた懐かしい石畳、教会や図書館のような重厚な建物の反対側には、市場や噴水など人々で賑わう場所がある。
仲間たちそれぞれが王都に戻って気が楽になっているようだった。
笑い声が収まってから、エルネストは仲間1人1人の顔を改めて見回した。
「……あれを黙っていてくれて本当に感謝する」
「な、なんだよ、急に」
エルネストはいつもの無表情からさらに生真面目な顔をした。
アレシュは気味悪いものを見たように体を引く。
さっきアレシュは長官に「魔王城には入ったが魔物にやられて戻ってきた」と説明した。
しかし実際は魔王と対峙して全滅しかけ、エルネストは囚われた。
数日経ってエルネストは無事に戻ってきたが、1日に何度も転移を繰り返せるほど魔力が増大していた。
それが明らかになれば王宮魔術師であるエルネストには何かしらの命令が下され、これから自由に行動できなくなってしまうだろう。
だから4人で相談して口裏を合わせることにしたのだ。
「あたしたちは魔王に負けて帰ってきただけよ。それ以上説明することは何もないわ」
「うん、また一からやり直しだね」
エルネストは頷きながら、仲間たちに心の中でもう一度感謝した。
「アレシュ、ベアトリス、セス。次こそ魔王を倒す。一緒に行ってくれるな?」
「当たり前だろ」
「ええ、気合い入れてお肌の手入れをしておくわ」
「僕ももっと魔術の勉強しておくね」
4人は広場の隅でそう誓い合い、1度パーティを解散したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
自宅に荷物を置いて着替えてから、エルネストは魔術の師匠の家に向かうことにした。
師匠は王宮務めを退いてからは街の隅にある一軒家で悠々と暮らしている。
ちょくちょく王都の外に出掛けることが多い人なので会えるかどうかは運次第だ。
手土産に市場で葡萄酒とつまみを買っていると、慣れ親しんだ気配を感じて振り向いた。
さっき別れたばかりのセスがいる。
「僕も師匠の家に行っていい?」と聞かれ、断る理由がないので了承した。
2人で話しながら住宅街の中を歩いた。
セスは若い魔術師や兵の住む寮に戻ったが、明るいうちから「セスお帰りなさい会」を開かれそうになったので慌てて出てきたらしい。
一滴も酒の飲めないセスにとって飲み会は苦痛でしかないのだ。
年若い連中は何か理由をつけて飲み騒ぎたいのだろうが、セスが無事で嬉しいのも嘘ではないと思う。
エルネストがそう言うとセスは「ありがと」と微笑んでから空を見上げた。
「エル、前から気になってること聞いてもいい?」
「何だ」
「エルは、本当はまだ魔王と一緒にいたかった?」
あまりにも突然すぎる質問に、エルネストは目を丸くしてセスを見やる。
「どうしてそう思う?」
「魔王城からエルが戻ってきたとき、エルが『森の外に追い出された』って言ってた。城から逃げたかったらそんな言い方しないでしょ」
「なるほど」
つい口から出た言葉がセスには引っかかっていたらしい。
エルネストはあの日のことを思い出す。
「.......一緒にいたいかどうかはよくわからない。ただ、追い出され方が唐突すぎて腹が立っていた」
「帰してあげるとか言われなかったんだね」
「ああ」
不機嫌なのが顔に出ていたらしく、セスに「思い出し怒りしてる」と笑われた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
街の外れに来る頃には日がかなり傾いていた。
帰りの旅ではほぼエルネストが転移したので、久しぶりに長時間歩いた気がする。
魔術の師匠の家は粗末な塀に囲まれた一軒家だ。建物もあまり大きくはなく住み込みの使用人はいない。いつも静かなので在宅なのか留守なのか外からはわからなかった。
鉄格子の門扉に鍵はなく、エルネストは慣れた手つきでセスと共に入った。
玄関まで来てドアに手をかけようとするとーー。
両開きの扉が全開に開き、2人の体は突風で舞い上がった。
「わあっ!」
「セス! 受け身を取れ!」
セスは驚いて叫んだものの空中で体勢を整え、エルネストは片手を地面に向けて新たな風を起こす。
その風がクッションとなり、2人は地面に叩きつけられることもなくしっかりと両足で着地した。
エルネストは警戒しながら扉の奥を見つめ、セスは暢気に足元の土埃を払う。
コツコツという聞き覚えのある靴音が近づいてきた。
中から現れた人物を見て、エルネストは少し肩の力を抜いた。
「ほう、珍しい。お前たちか」
シワだらけの顔でくしゃっと笑っているのはエルネストのかつての師匠、ロドルフだ。短く刈った髪も口髭も真っ白だが、日焼けした肌は魔術師らしくは見えない。姿勢はまだシャキッとしていて、田舎の農民と言われれば信じるだろう。
「久しぶりに会う弟子に随分な歓迎だな」
「おじいちゃん、元気だった?」
ロドルフはわははと笑いながらセスの頭を撫でた。
「留守が多いから防犯してるだけだ。セスは相変わらず小さいな。肉を食ってるか?」
エルネストはため息をつき、セスは「ちゃんと伸びてるよ」と反論した。
膨れっ面のセスを見てロドルフは嬉しそうに微笑む。
エルネストたちがパーティを組んだばかりの頃、セスに魔術のコントロールを教えたのがこの師匠だった。すっかり懐いたセスは「おじいちゃん」と呼んで慕っている。
エルネストは土産を手渡しながら淡々と告げた。
「魔王には勝てなかった。師匠の力を借りたい」
「お前に教えることなんぞ、もう何も無いぞ」
「魔術ではなく師匠の知識が必要だ」
「ほう?」
ロドルフは面白いものを見つけたようににんまりと目を細めた。