12 帰還
ーーこの魔術師のおかげでしばらくは退屈しないで済むぞ。
ーー飽きるまでわたしのそばに置いておくことにしよう。
それが白銀の青年が白い鳥に託した言葉だった。
セスはそれを「もうすぐエルを返すからそこで待ってて」と解釈した。
当然ながらアレシュとベアトリスは反論する。
「エルは確かに帰って来たけどよ、あれは何年も監禁してやるって言い方だったぞ」
「うん……。全然好意的には思えなかったわ」
魔王の声色を思い出したのか、ベアトリスは両腕で自分の体を守るように抱きしめた。
「言葉だけだとそうなんだけど、あれを聞いてアルはどう思った?」
セスの質問にアレシュはしかめっ面になる。
「ムカついたに決まってるだろ。魔王にはこてんぱんにやられたし、仲間は捕まったし、やり返さねえと気が済まねえよ」
セスの隣でベアトリスも頷く。
「でも力が歴然だから何とかエルだけでも取り返さないとって話したわよね」
「それそれ」
セスはベアトリスの顔を覗き込むようにこてんと首を曲げた。
「あんなこと言われたら、みんなエルを置いて王都に戻ろうなんて思わないでしょ?」
「だから魔王がわざとああ言ったってこと?」
「セスの考えすぎだろ。そもそも俺たちはあいつに殺されかけたんだからな」
エルネストの頭にふっと1つの考えが浮かび、それを口に出す。
「だが、殺されてはいない」
3人がきょとんとしてこちらを見た。
「今まで魔王城に向かった者たちは、森や城の中で魔獣に襲われた。瀕死の状態にされたが俺の知る限りでは全員が無事に王都に戻っている」
「エルまでセスに影響されてんのかよ……」
アレシュは呆れた目でエルネストを見やるが、ベアトリスは好奇の表情を向けてきた。
「エルは魔王と一緒にいたのよね。正直どう思ってるの?」
白銀の青年は理解できない言動も多かったが、たいてい穏やかで優しかった。
当たり前のように不思議な魔法を使ってみせるのに、小さな少年たちに打たれたくらいで頬を腫らすほど弱かった。
そして最後にエルネストへ要求したのは……。
エルネストは仏頂面になりそうなのを何とか抑え、仲間たち1人1人の顔を見やった。
「俺は魔王に対して思うことは1つだ。今は無理でも次は必ず魔王を倒す」
真面目な顔で断言すると、なぜか3人は目を丸くした。
「へ? 倒すつもり?」
「なんだか矛盾してない?」
セスとベアトリスは戸惑った様子だが、アレシュは体ごとエルネストの方を向きぐっと拳を握ってみせた。
「そうこなくちゃな! 王都に戻ったら修行のやり直しだ!」
「……あまり寄るな。脳筋が移る」
「お前ほんっと憎たらしいな!」
アレシュに小突かれそうになるのを器用に避けながら、エルネストは王都にいる魔術の師匠を訪ねようと考えていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
次の日、長の家で朝食をいただいてから、エルネストは長とガストンを迎えに隣町へ転移した。ガストンは薬が効いてすっかり良くなっていたので、また2人を連れて集落に戻ってきた。
ガストンを救ったことが集落の人々に広まっていたらしく、4人で出発するとき多くの住民たちが見送りしてくれた。
集落からかなり歩いて振り返ると、まだ手を振ってくれる人がいた。
ベアトリスは大きく手を振り返してから仲間たちにぽつりと呟いた。
「まるで魔王を倒したような見送られ方だったわね」
「……俺は絶対にもっと強くなってやる」
「僕も、もっと上手に魔術が使えるように練習するよ」
魔王と戦ったときは指1本さえ傷つけられなかったが、諦めないところはさすがだとエルネストは仲間たちに感心した。
再び4人は歩き始める。前にアレシュとベアトリス、後ろにセスとエルネストが並んで歩いた。
不意にセスが「エルはどんな修行するか決めてるの?」と無邪気に聞いてきた。
「俺はまず師匠を訪ねてみる。あの方は魔術以外にも物知りで有名だからな」
「魔王の倒し方を聞くの?」
「それを知ってたら先に教えてくれただろう」
「それもそうだね」
あははっとセスは楽しそうに笑った。
エルネストもつられて軽く口角を上げ、もう一度後ろを振り返る。
もう集落の人々は見えなくなっていた。
「セス、俺の魔力のことだが」
「ん?」
「さっき町へ転移して戻ってきたが今日はまだできそうな気がする」
「えっ、本当に?」
頷くとセスは「やってみて!」とねだってきた。
エルネストは少し考えてベアトリスの名を呼ぶ。
セスの腰に腕を回して引き寄せ、ベアトリスが振り向いた瞬間、同じように彼女も引き寄せた。
あとは心を集中させるだけ。
……
アレシュは視界にベアトリスが入らないことに気づき、「ベティ?」と呼びながら顔を後ろに向けた。
しかし、彼女も他の仲間もいない。
「あれ? みんなどこ行った?」
ぽかんと口を開けて突っ立っていると、突然すぐ目の前に黒いローブの魔術師が現れた。
エルネストだ。
「うわ! な、なんだよいきなり!」
「ちょっと町へ転移してた」
「はあぁ?」
「面倒だ、行くぞ」
あまりくっつくと脳筋が移りそうなので、エルネストはアレシュの首根っこを乱暴に掴む。
ぐえっ、と苦しそうな声が聞こえた気がしたが一瞬なので無視をした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王都から魔王城へ向かったときは、途中の町までは馬に乗っていった。
業者に馬を預けてからは歩いて行き、50日以上かかった。
帰りの旅はエルネストが仲間を伴って行けるところまでは転移した。
町から町へ転移できるので野宿することなく非常に快適だ。町では宿屋に泊まったが、路銀が少なくなったら町から離れた森や湖で魔物を狩り、その肉や皮を売って金にした。
毎日エルネストが転移を繰り返すので、仲間たちに体調を心配された。
その度に「大したことはない」と答えていたが、実際はあと3、4回転移しても平気な気がしていた。
しかしエルネストが魔力不足で倒れると仲間たちに迷惑がかかる。
エルネストは魔力に余裕があるものの、1日1度の移動だけにしていた。
そんな旅を続け、アレシュたちの一行はたった20日で王都に着いてしまった。