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11 エルネストの魔術


集落の(おさ)の家から少し歩いたところにガストンの家はあった。敷地内に畑はなく、煉瓦造りの平屋と木の板でできた粗末な物置小屋がある。彼は狩りを中心に暮らしているようだった。


アンリがドアを開けて、長とエルネストと共に中に入った。

すぐに台所と食堂があり、奥の部屋は寝室になっている。

アンリと同じくらいの歳の若い男がベッドで苦しそうに唸っていた。


「ガストン、勇者様が来てくれた。もう少しの辛抱だ」


アンリが声をかけても、ガストンは毒のせいで意識がはっきりしないようで返事はない。

エルネストは「急ぐ必要があるな」と彼の布団をはぎ、長身の体をぎこちない動作で背負った。

ガストンの背にマントをかけてもらいながら、エルネストは長に聞いた。


「隣町まで転移する。薬屋はどのあたりだ?」

「町の大通りに店が並んでいて、西の方に薬屋はあります。私の息子から話を通せば急いで薬を調合してくれるはずです」

「息子の家は?」

「この集落からの道を行き、町に着くと門を通りますが……」


森に向かう旅の途中でその町には寄ったが地理には詳しくない。

エルネストは左腕を長の腰に回して引き寄せた。

背中には大男、腕の中には初老の男がいて、見た目にはかなり暑苦しい状態だ。


「魔術師どの?」

「長にも行ってもらう方が手っ取り早い」

「はい?」


呪文の詠唱は必要ない。

エルネストは意識を遠く離れた隣町の門へと集中した。




アレシュたち3人は誰かが家から出てくるのを待ったがその気配はない。

エルネストは既に転移したのだろうか、気になるので「お邪魔しまーす」と言いながら煉瓦造りの家へ入ってみた。

食堂には誰もいないので奥の部屋にいるのだろう。病人の迷惑にならないようそろそろと進んでベアトリスが静かにドアを開ける。


「失礼しま……え?」


ベアトリスはぽかんと口を開けたまま、1人突っ立っているアンリと見つめ合った。

アンリもまた同じように呆然としている。


「エルネストは転移したのよね? 毒に当たったガストンさんは? 長は?」

「その、それが……」


アンリが口をぱくぱくさせていると、後ろから「ベティ姉さん、どうしたの?」とセスも顔を覗かせる。アレシュもセスの頭の上から室内を覗いた。


「3人で、町に行ったみたい……です」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



町の門の前に転移すると長はしばらく放心していたが、何とか状況を理解して彼の息子のところへ案内してくれた。

家の客間にガストンを寝かせている間に息子が薬屋へ行ってくれて、無事に毒消しを飲ませることができた。

ガストンはそこで1晩寝かせることにし、長もついていてくれるのでエルネスト1人で集落へ戻ることにした。


町の門を出て集落への道を歩く。

周囲にはぽつぽつと木が生えているがほぼ枯れ草ばかりだ。

そろそろ日が傾きかけて寒くなってきた。

エルネストは軽く自分の腹に手を当てる。

さっきは無心の状態で転移したが、今は自分の魔力がどんな状態かはっきりとわかった。


軽く、目を瞑る。




「うわ! お前いつの間に?」

「エル!?」


ガストンの家の中も既に薄暗い。

目の前にはのけ反るアレシュと、逆にぴたりとくっついてきたセスがいた。


「みんなどうしたの? ……え!?」


寝室から出てきたベアトリスも目を丸くしてエルネストを見つめている。


「ガストンは毒消しを飲ませたので大丈夫だ。長の息子の家で休ませている。長も付き添ってくれているから心配ないだろう」

「それは良かったな、じゃなくて!」

「でも毒消し飲めたから良かったよね」

「いいけど、いいんだけど……でも〜!」


3人はどうやら混乱しているようだ。

わあわあと言い合う仲間たちをエルネストは傍観していたが、寝室からアンリが出てきたのに気づいて彼の方へ行った。


「あの、ガストンは……」

「町に着いて毒消しを飲んだからもう大丈夫だ」

「あ、ありがとうございます! 勇者さま!」


アンリはエルネストの両手をぎゅっと握り、ぼろぼろと涙をこぼした。

狩りを生業とする男の力では少し痛いなと感じたが、エルネストはしばらく好きにさせていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



日が暮れてきたので出発は明日に延ばし、長の妻のお言葉に甘えてもう1晩泊まらせてもらうことになった。

アレシュとエルネストは森でさくっと魔物を狩り、ベアトリスとセスが長の家の庭で肉を焼いた。長の妻と5人で食べていると近くの家の人々が野菜などを持ち寄ってきた。一緒に飲んだり食べたりして、ホームパーティのようになってしまった。


食後に一息ついてから4人は借りている部屋に集まった。もちろんエルネストの使った魔術について話すためだ。

ベアトリスとセスは仲の良い姉弟のようにベッドに並んで座り、アレシュとエルネストは床に胡座をかく。

リーダーらしくアレシュが口火を切った。


「エル、お前の転移の術は1日1回が限度って言ってたよな?」

「ああ、転移にはかなりの魔力量が必要だ。セスと違い俺の魔力は魔術師としては少し多いくらいだった」

「でも今日は隣町に行って戻ってきたんだろ? 見込み違い……ってことか?」


アレシュの推測にセスはぶんぶんと首を横に振る。


「アル、そんな勘違いは絶対にないよ」


ベアトリスは眉間に皺を寄せる。

ほとんど魔力のない戦士には実感しづらいようだ。


「うーん……。魔術師じゃないあたしたちにもわかるように説明してくれる?」

「例えばアルが大きい岩を持ち上げるとするよね。自分の力の限界まで重たいやつ」

「うん」


ベアトリスとアレシュは想像しながら頷いた。


「その上に同じ重さの岩を載せたらどうなると思う?」

「持てるわけねえな」

「さすがのアルでも潰されるちゃうわ」

「うん、そうだね。それをエルは軽々とやっちゃったってこと。全然疲れたように見えないし、魔力は2倍か3倍にはなってるかも」


「はあ?」「どうして?」とオーバーなリアクションで戦士2人に問われ、エルネストはちらっとセスを一瞥した。

セスは幼さの残る顔ではあるものの、一人前の魔術師らしい確信を持ってエルネストを見つめている。

彼にはおおよその見当がついてるらしい。

エルネストも大雑把だが例え話をすることにした。


「魔術師の魔力量は生まれつきほぼ決まっている。入れ物に例えればセスが大鍋、俺はスープ皿程度だ」


セスはそんなに違ってないと手を振って否定する。

それは無視してエルネストは話を続けた。


「さっきも言ったと思うが、魔王城にいる間は俺の魔力は取り上げられほぼ空だった」


一斉に気の毒そうな視線が集まるがそれも無視した。


「だが今日転移させられて森の外に追い出された。同時に魔力も戻っていたが、俺の元々の器より大きくなっていたらしい」


魔王ーー白銀の青年がわざとそうしたに違いないが、その理由はわからない。

仲間たちも同じ考えのようで、不思議そうに首を傾げている。

やがてセスが何か思いついたようにぱちぱちと瞬きした。


「ねえねえ、あの白い鳥さんのことなんだけど」

「あの魔王の使いのことか?」

「うん」


エルネストの手紙を運んだ大きな白い鳥のことを言ってるのだろう。

セスは1人1人の顔を見ながら、なぜか楽しそうな表情になった。


「魔王はさ、『もうすぐエルを返すからそこで待っててよ』って僕たちに言ったんじゃない?」

「はああ?」

「え、えええ?」

「……」


アレシュとベアトリスは大袈裟に驚きの声を上げ、エルネストは無言を貫いた。


ただ自分の表情が一瞬で不機嫌なものになったのは自覚していた。


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