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1 魔王城


華やかな王都から100日以上もかけて歩いた先には深い深い森がある。

その森は100年ほど前は大陸の北部をほんの少し覆うだけのものだったという。

1年の半分近くは雪の積もる冷たい不毛の地帯で、そんな場所に訪れる者は皆無だ。

しかしその森に最も近い村に北から魔物が現れるようになり、警備隊が調査に行ったところ気づいたのだ。


地図に描かれているよりも、はるかに森は広がっている。


それから10年ほどかけて周辺の地理が調べられた。

その結果、森は大陸の5分の1を覆うまでになっているのがわかった。

さらに森からは危険な魔物がやって来て、家畜や作物を食い荒らすようになっていた。


この異常事態に国王は過去の文献を調べさせた。そして1000年ぐらい前にも同じようなことがあったと記した文書を見つけた。

かなり古い文書で紙はところどころ風化しインクも劣化して読みづらくなっている。学者たちが文字を繋ぎ合わせながら読むと、この国には1000年に1度災厄が必ず訪れると書かれていた。

曰く、


凶暴な魔物を引き連れた強大な力を持った魔王が大陸に現れる。

魔王は森の奥の迷宮に住み、森をどんどん広げて土地を飲み込んでゆく。

1度森になってしまえばそこは不毛の土地となり人々が暮らすことは出来ない。

災厄を止めるためには魔王を倒すか封印するしかない。


森が広がっているのは明らかにこの災厄のせいだ。

国王は魔王に対抗出来るくらい強い者を集め、魔王を成敗するしか道は残されていなかった。


幸いにもこの国には多くの手練の者たちがいる。また魔力を持った魔術師たちも多い。

国王に選ばれた勇者たちは森の中を進み、そして森の中心に暗黒の城を見つけた。

その城は尖った塔がいくつも連なった構造で、その塔の先端は常に灰色の雲に覆われている。

正面の巨大な扉から中には入れるが、当然魔物たちも多くいてそれらは森よりも格段に強く、城の奥に着く前に勇者たちは瀕死に近い状態で戻ってきた。


それから何度も新たな勇者一行が魔王退治へと旅立ったが、必ず壊滅状態となり魔王に辿り着ける者はいなかった。




「……いよいよここまで来たか」

「正直、魔物は大したことなかったわね。歩くのに疲れちゃったけど」

「はいはい、回復かけとくよ〜」

「城の中の魔物は強さが段違いと聞く。油断は禁物だ」


現国王に任命された4人の勇者一行が魔王城の前にやって来た。

戦士のアレシュ、女戦士のベアトリス、回復系魔術師のセス、そして攻撃系魔術師のエルネスト。

この4人はそれぞれ20歳前後の若さだったが、今までのパーティよりもはるかに強く期待されていた。またパーティを組んで1年ほどとは思えないくらい戦闘時の連携は整っている。


聞いていたとおり、魔王の城は巨大な塔が山脈のようにいくつも連なり、それら先端は暗く厚い雲に覆われている。入口には巨大な鋼鉄の門が閉じているが、戻ってきた勇者たちによると手をかければ簡単に開いて彼らを招き入れるらしい。


「みんな、準備はいいな?」


リーダーであるアレシュは仲間たち1人1人を見回した。兜からはみ出る金髪は森に入ってから数日間野宿をしたとは思えないくらい滑らかな輝きを保っている。戦闘時は超人的な強さを見せるが、普段は人懐こい笑顔で老若男女を魅了する男だ。


「あたしはいつでもOKよ。でも素敵な魔王サマに会う前はメイクを直す時間が欲しいわね」


ベアトリスは人差し指を頬に当て小首を傾げてみせた。茶色の三つ編みがふるりと揺れる。

彼女はどんな状況でも軽い言葉を口にするが、強さだけでなく戦術にも長けた戦士だ。敵の強さや特徴を素早く見極め、仲間に的確な指示を出す。そんな彼女に助けられた場面は多かった。


「さすがベティ姉さんは余裕だね〜。」


鞄を開けて回復薬などを確認しているのはセスだ。パーティの中では最年少ではあるが、幼い頃から魔術の才能があり、回復だけでなく味方を強化する魔法や敵に状態異常を起こす魔法まで幅広く使える。さらに生まれつき魔力が多くサポート役としてとても頼りになる存在だ。

見た目は赤毛にそばかすだらけの童顔で、彼の力を知らない者に侮られることが多かったという。しかしこの仲間たちはそんな先入観は持たず、素直にセスの能力を信じた。


「アレシュ、ベアトリス、さっきも言ったが2人も回復薬を持っていた方がいい。セスに何かあれば全滅だ」


エルネストに言われ2人はウエストポーチを開けてみた。ベアトリスが「じゃあ2本ちょうだい」とセスに手を差し出す。

黒髪の魔術師は端正な顔立ちで表情に乏しく、内面は生真面目を絵に描いたような男だ。

初めはベアトリスの軽口をいちいち真に受けて機嫌を悪くすることもあった。しかし段々と慣れてきて聞き流すようになっていた。

エルネストは魔力はセスに及ばないものの、あらゆる属性の攻撃魔法を使いこなす。戦闘ではベアトリスの指示を素直に聞いて適切な魔法を繰り出すので、このパーティでは力を最大限まで発揮できていた。


「では行くぞ」


アレシュの言葉に全員が頷き、ギイイ…と低い音を立てて魔王城の門は開いた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



国王の城よりはるかに広く、高い天井の魔王の間ーーしかし窓は一切なく、彼らを照らすのは壁に備え付けられた蝋燭の灯りだけ。

その蝋燭もいくつかは攻撃魔法のせいで折られたり火が消えたりしている。壁も床もあちこちが破壊されて無惨な有様だ。

だがそれを見下ろすのは勇者たちではなく、傷一つない銀髪の美丈夫、この城の主である魔王だった。異形の魔物たちと違い、魔王は黙って立っていれば美しいだけの若い男に見える。しかしその手から次々と繰り出される魔法は何よりも強大で禍々しがった。


魔王は切れ長の目をさらに細め楽しげに口角を上げる。その美貌が魔王の酷薄さをさらに強めていた。


「ふ……少しは遊ばせてくれると思ったが、もう終わりか?」


挑発的な台詞にアレシュは歯を噛み締める。額からの出血で片目は見えず、身体のあちこちの骨は折れているようだ。


「アル……これ」


セスが最後の回復薬を取り出すが、同時に意識を失い、薬瓶は戦士に届かず無惨に粉々となった。


「セス、セス?」


遠くでベアトリスが悲愴な声を上げる。倒れた弟分の元に駆け寄りたくても、彼女の両足は凍らされて床に張り付いていた。相棒の剣も真っ二つでどうすることもできない。


「……ほ、炎よ……」


エルネストがうつ伏せのまま両腕を上げて魔法を放つが、既に魔力切れで頼りない霧のような煙が現れただけだ。少し前に彼は魔法をはね返され、衝撃波をまともに腹に浴びていた。


意識のある3人の頭に「全滅」という言葉がよぎる。そしてすぐに自分以外の仲間を生きて帰す方法を全力で考え始めた。

エルネストは転移の魔法を習得している。しかし1度に1人にしか使えず、今は魔力は少しも残っていない。

たとえ魔力を温存していたとしても、転移は大量の魔力を使うので、日に1度が限界だった。


「そなたらはこのまま無様に死ぬだろう」


3人の思考を切り裂くように魔王は言い放った。

絶望の黒い闇に覆われそうになるが、何とか頭を振ってアレシュは魔王を睨んだ。他の2人も同じように目に強い光を宿している。


「ふふ、最後にわたしの戯れに付き合ってもらおうか」


この強くて美しい残酷な存在は何を言い出すのか、怪我の痛みも忘れて緊張しながらそれを待つ。


「そうだな……。そなたらのうち、1人がここに残ってわたしの暇つぶしの相手をしてもらおう。その代わり他の者は森の外へ帰してやる」


3人とも、一瞬ぽかんとなった。

最初に我に返ったのはアレシュだ。


「なら俺が残る。仲間たちを無事に戻すと約束してくれるならな!」

「アレシュ!?」


ベアトリスがぶんぶんと首を振った。

ふう、と安堵のような溜息をついたのはエルネストだ。


「ベアトリスとセスは論外だ。単純な女子どもの相手などすぐ飽きるだろう。単純で短絡的なのはアレシュを置いて他にはいないがな」


馬鹿にされたような気がしたが、彼の意図を読んでベアトリスは「あなた何言ってるの?」と大袈裟に反論した。

しかし素直なアレシュは本当に顔を真っ赤にした。


「エルネスト! そりゃ口ではお前に負けるがそこまで言われるほどじゃねえよ!」

「そういうところが単純なんだ。ベアトリスとセスがいなければお前と仲間はならなかった」

「は? ひどくねえ!?」


言い合う男2人を無表情で見ていた魔王は、軽く口の端を上げて足を踏み出した。

向かったのは……怪我だらけで片膝をついているアレシュの方だ。


気づいたアレシュは不敵ににやりと笑い、他の2人が声を荒らげる。


「やめてよ! アレシュなんか美味しくないわよ!」

「筋肉だけのそいつに近づくと脳筋が移るぞ」


おいおい、と仲間にツッコもうとしたところで、突然アレシュが石のように固まった。


「アレシュ?」

「どうした?」


彼の目は開いているが何も映してはいない。


魔王はゆっくりと片手を上げて戦士に向ける。


「やめて!」

「待て! ふざけるなっ!」


彼らの叫びも虚しく、魔王の掌から闇の霧が溢れ出る。

彼らの身体も、視線も、声も、全てが闇に包まれた。





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