英雄(最終話)
トゥルットゥルゥー、トゥルットゥルゥー……
その時、あの音がなった。
「あ、ごめん」
淡島暫定大統領が電話を取り出した。その着信音は勘弁してほしい、心臓に悪いから。
「え? あ、はい。分かったわ! ありがとう。そのままお願いします」
振り返った淡島の両目はこれ以上ないほど見開かれていた、そしてそこから大粒の涙が滝のようにあふれてきた。
「一郎くん! 一郎くん! 見つかった! 生きてるって! 生きてるって!」
「え?」
「彼、タカヒロ君。生きてたのよ!」
「えええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーー!?」
*
あの時、タカヒロが乗った宇宙船は、操縦室のすぐ後ろに大きな石が当たって酷く破損していた。幸い緊急ハッチが閉じて空気は漏れなかったが、最後の逆噴射のショックで操縦室が機体からもげてしまった。
爆発が起きたのは、操縦室が小惑星の後ろに流された後だった。小惑星の分厚い岩盤に遮られて、タカヒロは奇跡的に放射線の影響を免れた。
爆破の後、タカヒロの犠牲に号泣した淡島だったが、一方で遭難ビーコンが出す僅かな信号を見逃さなかった。エンジニアは爆発で飛び散った装置が発しているだけだと考えたが、淡島は職権を利用して発信源を探させた。
もしなんらかの理由で操縦室が分離していたとしても、その状態では生命維持装置は数日しか持たない。一郎たちの迎えが遅れたのは、淡島が空いているシャトルをすべて捜索に回したからだった。
白くて大きな何かが、車いす……じゃなくて、日本伝統のリヤカーに乗せられて運ばれてくる。大の男が三人で引っ張っているってことは?。
係員が到着ゲートの仕切りをバラしてリヤカーを通した。リヤカーを引っ張っているのは二人で、もう一人は点滴バッグのようなものを持って腰でリヤカーを押している。三人とも息が上がって口がへの字に曲がり、リヤカーのタイヤはぺっちゃんこ。
「タカヒロ! タカヒロなんだな?」
一郎が叫びながら駆け寄った。包帯でぐるぐる巻きにされたそれは、巨大な大福のようにも見える。
「お、お……」
「いい、いいから、無理しなくていいから!」
何か言おうとするタカヒロを制して、一郎は点滴を持っている男に訊いた。
「さ、触っていいすか?」
「ハァ、ハァ……ふぅ。まあ大半は打撲なんで、強く押さなければ」
「ありがとうございます!」
地球を救った英雄の姿を一目見ようと、ロビーにいた全員が集まってきた。彼らはまるで来日したハリウッドスターを囲むように、スマホのカメラを構えた。一郎が両手の人差し指を前に突き出して、大福の”ある場所”を押す。
ぐっ。
あはん、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ……
大量のシャッター音に混ざって変な声がした気がする、涙目の淡島が両手を口に当てて顔を真っ赤に染めている。一郎のバカでかい声がロビーに響いた。
「あはははは! 間違いない、タカヒロのおっぱいだあ! ぷよんぷよんだあ!」
一同唖然……。
一人で馬鹿笑いする一郎に向かって大福……いや、タカヒロは実にダルそうなしぐさで、包帯でぐるぐる巻きの右手を差し出した。感動の握手かと期待した観衆が、再びスマホを向ける。タカヒロが言った。
「お……お茶」
再び静まり返るロビー。だが一郎だけは大声で答えた。
「そうだろ、そうだろ。俺の玉露は宇宙一だろ? お前は俺の親友だからな、お前が嫌だって言っても、俺がずっと淹れてやるからな! これからの方が今までよりずっと長いだんぞ、分かってるかお前? 覚悟しろよぉ、お茶地獄だぞぉ、な、タカヒロ!」
(終)