幼なじみ
「おい、腹引っ込めろ!」
「こぉれが、精一杯なんだなぁ」
一郎がタカヒロの左の腹肉を、田中山が右の腹肉を掴み、ゼリーみたいにぶよぶよした肉をぎゅうぎゅうと押し込んだが、タカヒロの体は狭いハッチに詰まって宇宙船になかなか入らない。
映画みたいにぎゅっと抱き合って感動の別れになると想像していたのに、五分もぶよぶよの肉を押しているとそんな余裕はなくなり、最後は後ろから体当たりしたり尻に蹴りを入れたりの乱暴な別れになった。
「「「「「「「じゃあ、頼んだぞ!」」」」」」」
「ブラジャー!」
平成? いやたしか昭和とかいう大昔に”科学忍者隊ガッチャマン”をきっかけに小学生男子の間だけで流行ったらしい寒いギャグを残して、タカヒロを乗せた宇宙船はイブーシギンを離れた。小惑星まではおよそ二時間、近づくまでの操縦はオートパイロットに任せて、タカヒロはゲームのジョイスチックを握り締め、石を避ける練習に集中する。
<ふげ、やられたぁ>
<まぁたダァメじゃあん>
<あーもう。大破、大破ぁ>
無線から聞こえてくるセリフに不安を隠せない一郎と田中山。本当にコイツに全人類の未来を任せて大丈夫なのだろうか? かと言って俺は行きたくないけれど。
もし地球に帰れたら、あいつの家族になんて言えばいいんだろう。息子とそっくりなお父さん、どうやってアレを生んだのかずっと疑問だった小柄なお母さん、そして幸いにもお母さんに似た妹……。
「息子さんは立派なデブでした」ちょっと違うな、「最後までいいデブでした」。ごめんなさい、体形のインパクトが強すぎて、他に思い浮かぶのは「大食いでした」とか「とんでもないバカでした」とか「玉露が好みでした」とかそんなのばっかりなんですよ――。
そういや俺とあいつって、まともに遊んだ事あったかな。一緒にやったと言えば対戦ゲームぐらいで、俺はいつもお茶を淹れてて、あいつは大福食ってるだけだったような。それがこんなに長く続いたのはなんでだろう?。
夏はキンキンにクーラーが効いていたから? 冬は何もなくても暑苦しいぐらい暖かかったから? 20個に1個ぐらいはアイスや大福を分けてくれたから?。
特に楽しいわけじゃなかったけれど退屈でもなかった。放課後あいつの六畳の部屋で二人でただぼっとしているだけのあの毎日が、もうすぐ終わる……そして永遠に、戻ってこない。
ほっぺたが熱い、触れてみたら水だった。たぶん、しょっぱいやつだ。