42 追放サイド極東編:クズ家族崩壊への道(その2)
「ザンの剣気が消えた。どうやらジンにやられたようだ」
父が書斎から出てくるなり、そう告げた。
「はあ? 何を言っているのですか父上」
私は極東剣帝一家の三男、ゼン・カミクラ。無論、剣帝だ。無能な四男だったジンとは違い、幼少期にはすでに剣帝の資格を得ていた優良種である。
ジン・カミクラ。
あの無能な弟のことを思い出すと、いつも腹立たしい。剣帝の一家に生まれながら、まるで剣を使えない。あいつが外を歩くと一家の恥部を晒らすことになるため、いつも家の中に閉じ込めていた。だが同時に、帰宅すると常にジンがいるという環境は、次第に私の精神を侵食していった。
こんなゴミが、何故、この家にいるのだ。
その怒りは当然、弟へ向かう。訓練相手として、木刀で打ちのめしては残飯を食わせ、肥溜めの汲み取りをさせる。それでもあいつは笑っていた。その顔がさらなる憎しみを募らせるのだ。
その底辺ゴミ屑以下のジンが、長兄であるザンを倒した? そんな馬鹿な話はない。あいつは兄どころか、狸も殺せない臆病ものだ。
「父上。そんなことはないでしょう。あの出来損ないはとうに死んでいるはずですよ」
私の答えに、父は「ふうむ」とだけ唸っては書斎へと戻っていった。閉められた扉を見つめながら、私は囲炉裏の前に座る。父親だけには感じる「何か」があるとでもいうのだろうか。それに仮にジンが生きていたとして、長兄のザンがやられるとは思えない。まあ、私としては目障りな兄が消えてくれたこと自体は喜ばしい。
剣帝は一人でいい。
父はもう老いぼれだ。放っておいても勝手に朽ちていく。問題は二人の兄達だった。兄弟の実力は拮抗しており、正規の勝負では埒が明かない。
だから私は、いつも彼らの暗殺を画策していた。
天井から吊るされた鈎から鉄瓶を取り、茶を入れる。湯気に霞む窓外を見やるとカラスが一羽、飛んでいくのが見える。森の頭上に陽光が降り注ぎ、若葉が輝いていた。
ジンが生きている。
ふと、ある考えが浮かんだ。
もし本当にジンが生きているならば使えるかも知れない。さらに長兄を倒したと言うなら、ますます使える。少しばかり渋い茶を飲みながら、心が躍るのを感じた。
筋書きは、こうだ。
私は父や兄たちに脅され、仕方なくジンを虐待していたことにする。無論、強要された訳ではない。寧ろ私が一番、弟に熾烈な仕打ちをしていたと言ってもいい。特に肥溜めに突き落とすのが好きだった。気に食わないことがあった日には、決まって糞まみれにしてやったものだ。あれは滑稽だったな。
自然と口角がつり上がっていたのに気がつく。湯呑に口をつけ、再度、思案する。
とにかく。無理やり酷い仕打ちをしていたことにして、ジンを籠絡するのだ。あいつは家族の愛情を受けたことが一度もない。飢えきった奴に私の偽りの愛をくれてやれば、おそらく懐くはずだ。ザンの兄を倒したのが本当であれば、私と互角か、それ以上の力を持っていることになる。弟同士で兄達への復讐に誘うのだ。次男のズンを討ち、最後にはジンの寝首をかけばいい。
そしていずれ父が死ねば、極東剣帝は私は一人である。
最高ではないか。最強は一人でいいのだ。
「くくく。ジンよ。お前が生きていても、死んでいても、どちらでも構わんが、生きているなら、せめて私の道具として役に立てよ。肥溜めのジンよ。くくく」
私は愛刀である天羽々斬を手にして、家を出た。
この天羽々斬は聖剣と謳われる名刀であり、伝承によれば風の竜神が宿っているらしい。まあただの迷信だろうが、切れ味は天下一品だ。
空はどこまでも晴れ渡り、まるで私の門出を祝うかのようである。
樹の頂点でカラスがこちらを見つめていた。
「さあ。私が真の剣帝となる舞台の――幕開けだ。くくく」
だがこの時、私はまだ知らなかった。
この天羽々斬と弟ジンとの再会が――破滅への引き金であることを。
数ある作品の中から本作を選んで頂き、本当に、本当にありがとうございます!
もしよろしかったら、
【ブックマーク】と、下にある評価の【☆☆☆☆☆】からジンとデュランダルを応援して頂ければ、とてもうれしいです!
ブックマーク、ご評価をして頂いた方々、本当にありがとうございます!!
拙い作品ですが、今後とも何卒よろしくお願いいたします。