17話 衝撃
「うぅぅ……気持ち悪い……」
店を出た瞬間。
俺の予想した通り、藍葉は苦しそうな顔でぼやいた。
「気持ち悪過ぎて吐きそうです……」
「大丈夫だ。そうなっても吐かないから」
あの後。
勢いそのままにラーメンを食べ進めていた藍葉だったが、ちょうど半分ほど食べたところで、箸がピタリと止まった。
その原因は……。
「油きつ過ぎますよ……なんですかあれ……」
スープに浮いている油だ。
ここの店のラーメンは最初の一口こそ美味いのだが、中盤から後半にかけてはどんどん油がくどく感じて来てしまい、完食した頃には二度と食いたくないと思ってしまうほどの、凄まじい気持ち悪さを覚えてしまうのだ。
「もう二度とラーメンなんか食べません……」
例に漏れず、今の藍葉もその状態のよう。
こうなると半日ぐらいはまともに飯も食えなくなる。
超絶美味い反面、思わぬ落とし穴が潜む店。
ここのラーメンには、俺とて何度も苦しめられて来た。
なのにこうしてまた食べに来てしまうわけだから。
濃厚豚骨スープの中毒性には恐怖を感じざるを得ない。
「今日は夕飯もいりませんよこれ……」
「それには俺も同感だ」
「というか一生何も食べなくてもいいかも……」
どうやら藍葉は相当気持ち悪いらしい。
正直俺も平静を装ってはいるがかなり胃に来ている。
できれば今すぐにでも家のベッドで横になりたいところだ。
「そんじゃ俺は帰るぞ」
「あ、はい。楽しかったですよ割と」
「割とって……」
別にお前を楽しませるつもりで来たんじゃない。
と言ってやりたいところだが。
そこは先輩としてグッと堪える。
今そんな大声を出したら吐いてしまうし。
藍葉の余計な一言は今に始まったことじゃない。
「お前もさっさと帰って出張の報告書まとめろよ」
「なんでセンパイは休みの日まで仕事の話しちゃいますかね」
「だってお前、俺がこまめに言わないとやらないだろ」
「ちゃんとやりますよ! 今日だって帰ったらすぐやろうと思ってましたもん!」
「嘘だな」
「むぅぅ〜」
俺が少し嫌味っぽく喝を入れると。
藍葉は猫のような鋭い目で、俺のことを威嚇して来た。
「とにかく報告書はなるべく早く頼むぞ」
「はいは〜い。わかってま〜す」
本当にわかってくれたのか心配ではあるが。
藍葉の言う通り、休日にまで後輩をガミガミ説教するのも良くないだろう。
「じゃあまた会社でな」
そして俺は藍葉に別れを告げ。
重たくなった腹を抱えながら歩を進めた。
「あなたたち……ここで何してるの」
その直後だった。
背後から背筋が凍るような声が聞こえて来たのは。
俺は衝動的に立ち止まり。
確かな恐怖を感じつつもゆっくりと振り返る。
「瀬川さん……?」
目に飛び込んだ光景を前に俺の思考は停止した。
無意識的に脳が現実の受け入れを拒否したのだ。
「どうしてここに……」
やがて俺は悟った。
この状況がどれだけ衝撃的でヤバい状況なのかを。
* * *
「今日は1日家で過ごすはずでしょ」
瀬川さんの声は酷く震えていた。
表情からもかなりの動揺を感じられる。
「なのになんで藍葉さんと一緒なの……」
当然藍葉の存在にも気づいており。
なぜ俺たちが休日の街で一緒にいたのか。
その答えを怯えながら待っているようだった。
「こ、これはですね。偶然会っただけで……」
「じゃあ一緒にラーメン屋から出て来たのは?」
「それはただ藍葉に昼飯を奢ってただけですよ」
やがて俺は質問責めにされた。
藍葉とはどこで会ったのか。
何時頃から一緒にいるのか。
そんなことも聞くの?
ということを延々と瀬川さんに答え続ける。
当然そこに嘘偽りは一つもない。
嘘をつくことで逆に状況が悪化すると思ったから。
俺はひたすらに真実だけを伝え、一刻も早く誤解を解きたかった。
だがしかし——。
「……そんなの信じられない」
彼女に俺の言葉は届かなかった。
「私、もう行くわ」
そう言い残し。
瀬川さんは元来た道を足早に引き返していく。
振り返り際に見えたその瞳には、確かに涙が。
「センパイ。なんか瀬川さん泣いてたみたいですけど」
ずっと黙っていてくれた藍葉。
こいつにしては随分と空気を読んでくれたが。
今のやりとりで俺たちの関係を不審に思ったのは間違いない。
「わるい藍葉。また今度説明する」
「あ、はい」
藍葉にはそれだけを伝え。
俺は必死に瀬川さんの後を追った。