10.僕はこの相思相愛を唾棄する。
「……君の求婚を受け入れることは、僕には出来ない」
単刀直入に僕はそう告げた。
ごめんとも、すまないとも言わなかった。
謝ることなんか、できるものか。
それは傲慢な思い上がりに他ならないし、それは彼女を侮辱することに他ならない。
「……なんで」
ややあってから、夕声が、僕をまっすぐに見つめながら言った。
ひどく困惑した様子で。
「……なんで、あんたのほうがそんな、泣きそうな顔してるんだよ?」
そう指摘されて、僕は思わず自分の顔に手をやった。確かめるように頬を触り、目元に指を這わせる。
そうか。僕は今、泣きそうな顔をしているのか。
……そうと自覚した瞬間に、痛いほどの悲しみが内側から胸を苛んだ。
「そんな顔、すんなよ」
夕声が、こちらを気づかうように言った。
「フラれたのは、こっちなんだからさ。失恋したのは、あたしのほうなんだから」
だから、あんたがそんな顔、すんなよ。夕声はそう言った。
それは違う、と反論したかった。
失恋したのは僕も同じだと、そう言いたかった。
君を拒むことで、僕もまた君への恋を失ったのだと。
だけど、そんなこと言えるわけがなかった。そんなこと言う資格が、僕にあるわけが。
「……うん、そっか。フラれたんだよな、あたし」
状況を確認するように呟いたあとで、「あはは、フラれちゃったなー」と言って、夕声は笑った。
強がった笑顔で――無理をして強がっているのが、瞭然に見て取れる笑顔で。
「バチが当たっちゃったのかもな」
バチ? と。
僕がそう問い返すよりも早く、問わず語りに夕声は続けた。
「あたし、傲慢だったと思う。あんたに告白して答えを待っているあいだずっと、あんたにフラれるかもって、それがずっと怖かった。だけどそんな風に不安な気持ちとは別に、あんたはきっとあたしを受け入れてくれるって、そう思ってた。
あたしがあんたのこと好きなくらい、あんたもあたしのこと好きでいてくれるんじゃないかって、根拠もなくそう思い込んでたんだ。というか、『思い上がってた』んだ。
だからいま、そんな傲慢の報いをうけた気分。バチが当たったんだって気がする」
そう語り終えたあとで、夕声はまたも「あはは」と笑った。
違う、違う、それも違う。僕はまたも心の中で反論する。
それは思い上がりなんかじゃない。
君が僕を好きでいてくれた以上に、僕は君に胸を焦がしていた。
『あんたの予想の中であたしと一緒にいた同級生って、女友達? それとも、男だった?』
あの日あの駐車場で、夕声は茶化すようにそう聞いた。
彼女の友達が猫であることを知らず、てっきり高校の同級生と一緒にいるのだと思い込んでいた僕に。
ああ、そうとも。あのとき、僕は彼女の友達が女子であることを期待していた。
というよりも、男子ではないことを祈っていた。
自分の想像の産物でしかない夕声の男友達にすら僕はそのように嫉妬していて……つまり、あの頃にはもう、すでに僕は君に恋をしていたのだ。
……根拠がないなんて、そんな悲しいことを言うなよ。
僕と君が一緒に過ごしたこの数ヶ月のすべてが、余さずこの恋の根拠じゃないか。
「あーあ、フラれたフラれた」
夕声はもう一度そう言った。痛ましいほどの笑顔で。
もしもこの恋が一方通行のものだったらと、そう考えずにはいられなかった。
もしも夕声が僕を好きにならなかったなら、失恋の痛手は一人分で済んだはずなのだ。
自分の心を誤魔化したまま僕は夕声との友情を謳歌し、いつか彼女が他の誰かのものになったときには、一人でひそかに傷心して、それで終わりだったのに。
この恋が一方通行なら、こんなにも悲しい笑顔を見なくてもよかったのに。
――僕はこの相思相愛を、心の底から唾棄する。




