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女化町の現代異類婚姻譚  作者: 東雲佑
一章 狐火
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3.『あまりにも統一された時代の不統一感』

 バスはだいたい十五分ほどで終点に至った。


 最終の長山バス停で下車したのは僕だけだった。

 他の乗客はみんな降りた後で、車内には運転手さんを除けばもう僕しか残っていなかった。


 降りるときに、またのご利用をお待ちしています、と運転手さんが笑って声をかけてくれる。

 僕も笑顔を返して、今後ともよろしくお願いします、と言う。

 運転手さんが敬礼するように頭の横で手刀を一振りして、回送となったバスは走り出す。


 そのようにして、僕はようやく目指すべき土地に辿り着いた。

 僕はバスを降りたのである。


 僕はバスを降りて……そこで、まずはひとしきり絶句した。


 目の前に広がる光景は、異様というか、率直に言ってものすごく『ヘンテコ』だった。

 何度もしつこくて恐縮なのだけれど、僕はニュータウン北竜台行きのバスに乗り、終点の長山バス停で下車した。

 つまりニュータウンを通過してここまで来たのだ。


 だからバス停から後ろを振り返れば、そこには秩序だった快適さとクリーンなイメージに満ちた、近代的な住宅街が広がっている。すぐ目の前にはオートロックのマンションだってある。


 しかし、体の向きを百八十度反転させて、道の先を見れば。

 バス停の数メートル先からは、近代的どころかひどく昔がかった風景が広がっていた。


 目に見えない特定のラインを境に住宅の密集が唐突に途切れて、そこから先は急に人家がまばらになっている。

 そしてそのまばらな人家のそれぞれがみな、ニュータウンの真新しい家々とは異なる、築年数の経過したひと昔かふた昔前の建物なのだ。


 道の右手にはカーブする道路に沿って雑木林が長く伸びていて、これもまたかなり鬱蒼としている。

 ニュータウン側にはあり得ない、原生的な自然。


「なんだこれ……」


 ようやく言葉を取り戻して、そう呟く。


 都市開発の手がそれ以上及んでいないとか、これはそんなチャチなものじゃない。


『昔』が意図的に残されているのだ。

 平成の始め頃とか、あるいは昭和とか、そういう頃の時代が。

 ある地点を、はっきりとそのポイントを境界線に、そこから先にだけ。


 まるで結界だ、と僕は思う。

 目の当たりにした新天地のヘンテコさに、バス停に立ち尽くした僕はただただ感嘆の吐息をつく。


 ……と、新天地。


 そうだった。あんまり驚いたものだから忘れかけてたけど、僕は観光目的でこの場所に来たんじゃない。引っ越してきたのだった。


『終点のバス停から見える一番それっぽい家がお前の新居だ』


 叔父のガイドに従って、僕はバス停からぐるりと周囲を見渡す。手がかりもなしで、とにかく『一番それっぽい家』とやらを探してみる。


 すると、すぐにそれは見つかった。

 一番それっぽいというか、一番ヘンテコな家。


 もう十分唖然としたつもりだったのに、その建物を見た瞬間、僕は追加で愕然としてしまう。


 ニュータウンが終わるライン――便宜的に『今と昔の境界線』と呼ぶことにする――にまたがるようにして建てられたその家は、半分が直線的な機能美を重視した現代住宅で、しかしてもう半分が古民家然とした木造家屋という、叔父の人物像そのままの『ヘンテコ』な家だった。

 言っておくけど母屋と離れで趣が異なるとかそういう話ではない。

 二つの異なる建築様式、二つの異なる時代が、一個の建物の中で歪に癒着して結合しているのだ。


 案の定、そのヘンテコな家が叔父宅だった。

 広い前庭を横切って二面性の顕著なこの家の現代建築側(これからは『今側、昔側』と区別しようと僕は決めた)にまわってみると、家の前のポストには叔父夫婦の名字プレートが下げられていた。


 ひとまず目的地に到着した安堵を胸に玄関に向かい……そこでまた僕は唖然とする。


 玄関のドアに、家の鍵がガムテープで貼り付けられていた。どうやらこれで入れということらしい。


「な、なんて無茶な真似を……」


 無用心というレベルを通り越してもはや治安に対する挑戦だ。

 いったいこの鍵はいつからこうしてここに貼り付けられてたのか……恐ろしくなるから考えるのはやめた。


 とにかく、鍵を使って家に入る。

 幸いにも不審者侵入の形跡はどこにもなかった。


 さらに幸いなことに、外観は奇妙極まりなかった叔父宅も、内部は至って常識的な造りをしていた。

 基本は『今側』の見た目に沿ったおしゃれな内装で、東側の一部が『昔側』の外観に準じている。

 その部分にも生活に支障の出るような古さは全然ないし、断熱もしっかりしていそうだ。


 ただしひとつだけ、『今側』と同じように『昔側』にも立派な玄関があることだけがちょっと普通でなかった。

 玄関が二つある家って、なんだそれ。


「……まぁ、お客さんは通りからよく見える『今側』から訪ねて来るはずだから、『昔側』は少し大きな勝手口とでも考えておこう」


 そう独りごちて(やれやれ、さっきから僕は一人言ばかりだ。一人暮らしをはじめると一人言が増えるっていうのは本当なのかもしれない)結論としてしまう。


 まだまだ今日中にやらなければならないことはたくさんあるのだ。


 僕はまずはじめに叔父に電話をかけ、到着の挨拶とあらためてのお礼を伝えた(ガムテープで貼り付けられた鍵についても文句を言ったが、案の定というべきかガハハと笑って流された)。

 それから、事前に送っておいた荷物のダンボールを探して最低限の荷解きをする。

 忘れないうちにガスと水道のチェックもした。


 そのあとで、隣近所に引っ越しの挨拶をしに行く。


 最初にインターホンを押した二軒は留守だったけど、三軒目ではエプロン姿の若い奥さんが応対してくれた。

 僕は挨拶の品(定番のフェイスタオルだ)を渡して、今後ともよろしくお願いしますと頭を下げた。


 今日これまでに出会ってきた人たちと同じように、この若奥さんもやっぱりとても感じのいい人だった。

 若奥さんは一人で越してきた僕を心配して、いろいろ励ましてくれた。


 僕らはすっかり打ち解けて、そのまま少しのあいだ話し込む。

 その雑談の中で、ここら辺の奇妙な風景というか、あの『あまりにも統一された時代の不統一感』とでも呼ぶべき土地区画整理について話題に出して尋ねてみた。


「ああ、はじめて見ると少し驚くでしょう?」


 若奥さんはそう言って笑い、そして続けた。


「ほら、なんといっても、ここはもうオナバケが目と鼻の先ですから」

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― 新着の感想 ―
[一言] あの道は道沿いを歩いているだけで女化街道に近づくにつれて人がいなくなるというか急に地方の田舎にでも行ったのかってくらい田舎化するんですよねえ それまでは結構な住宅地なのに
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