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女化町の現代異類婚姻譚  作者: 東雲佑
二章 むじな
34/70

14.むじな

   7




 関東と龍ケ崎は平年よりも一日早く梅雨の季節を迎えた。

 どんよりとした雲が空一面に立ちこめていて、にもかかわらず雨はなかなか降り出さない。そんなハッキリとしない天気が朝から続いていた。


 十二時に仕事のパートナーから電話があった。

 仕事の進捗状況を報告したあとは雑談と世間話。芸能系のスキャンダルや業界の噂話からはじまり、「昼食はもう食べましたか?」というようなことまで。

 円滑な関係を保つための、無意味にして必要な会話。


「椎葉先生、もしかして、元気なかったりします?」


 僕の声からなにかを察したのだろう、パートナーがそう言った。


「ああ、いや」


 曖昧な笑いで心配してくれている相棒を誤魔化す。


「ええとちょっと……いい話と悪い話が同時に出来(しゅったい)してましてね」

「『いい話と悪い話、どっちから聞きたい?』ってやつですね。一生に一度は言ってみたい台詞です」


 そう言って相棒は笑った。僕も笑った。

 そして電話を切った。


 つけっぱなしのラジオではピチカートファイブが『悲しい歌』を歌っていた。はじめて聴いたけど、とてもポップでおしゃれな曲だった。

 曲が終わると地元企業のコマーシャルが二つ続けて流れ、その次に『ラジオ竜ヶ崎では二万円からコマーシャルをお流しします』という宣伝が入った。


 窓を開けて外を見る。

 雨はまだ降っていなかった。



 僕は黙ってため息をついた。



   ※



 いい話と悪い話について。


 まずはいい話。

 まいんバザールの翌日から、つまり小次郎少年と爆竹少女のドラマが展開された次の日から、ホクショーの天邪鬼あまのじゃくの出没報告はぷっつりと途絶えた。

 もちろん生徒は日々様々な種類の悪さをするし時には問題を起こすこともあるけれど、彼らがその悪さなり問題なりの原因を正体不明の誰かのせいにすることはなくなった。

 そのようにして北竜台小学校には平和が訪れたのである。めでたしめでたし


 さて、次に悪い話。


 小次郎少年が失踪したのだ。



「ダメだ。やっぱりバザーでいなくなってから一度も戻って来てないってよ」


 夕方、いつものように我が家に立ち寄った夕声が状況を教えてくれた。

 バザーの日から、すでに三日が過ぎていた。


「タヌキたちはちょっとした大騒ぎだ。バザーの時のことも問いただしたいってのに、よりによってこのタイミングでの家出だもん。カンカンに怒ってるし、それ以上に心配もしてる。なにしろあいつは龍ヶ崎タヌキの期待の星だからな。有望株、タヌキの癖に麒麟児、そりゃみんな案じるさ」


「仮に出来が悪くたって、子供がいなくなったら大人は心配する」


 僕は言った。夕声を責めるつもりはなかったのだけど、それでも反論するような調子が自分の声にこもるのがわかった。


「……子供といえば、もう一人」

「ああ、そのことだ」


 夕声が少しだけ姿勢をなおす。


「あの爆竹娘と小次郎、顔見知りだったみたいだな」

「うん。というか、顔見知りどころか……」


 イベントステージでの二人の様子を思い出す。

 お互いに名前を呼び合っていた二人。

 滝夜叉姫もかくやの恨みに染まっていた少女の目が、少年に名前を呼ばれた瞬間に浄化された様。

 心を白紙にして少女の怪我を案じた少年。


 そして最後には手に手を取って走り去った二人。


 一連のドラマティックはあまりにも示唆に満ちている。


「二人はいまも一緒にいるのかな」

「まぁ、多分な」


 やれやれ。だとしたらこれはもう家出ではなく立派な駆け落ちだ。


「あの女の子……桔梗ちゃんだっけ。あの子がホクショーの天邪鬼だったんだね」


 これもまた状況がそれを示している。

 小次郎少年の失踪とまったく同時にホクショーの天邪鬼も現れなくなった。


 それに、イベントステージで見せた、あの恨みに満ちた目つき。

 まるであそこに居合わせたみんなをまるごと恨んで憎んでいるような。


『そいつは人間とタヌキ、両方を嫌ってる』


 子ダヌキトリオの言葉を思い出す。子供ながらの直観で彼らはなにかに気付いていたみたいだった。

 人間でもタヌキでもなく、人間とタヌキ両方を嫌う……そんなあの子の正体は、いったいなんなんだ?



「むじなかな」



 夕声が、一人言でも呟くように言った。


「え?」

「ん、ああ。あの爆竹娘のこと。どうも人間じゃなさそうだし、かといってありゃタヌキでもなかった。だから」


 むじな、ともう一度夕声は言った。


「正体不明の獣の化生けしょうのことをそう呼ぶんだ。もっとも、あたしはそう呼ぶって知ってるだけでお目にかかったことはないけどな」

「……むじな」


 僕も口に出してみる。空中に浮かべて、点検するみたいに。

 その言葉は、なぜだかあの悲しい女の子を象徴しているような気がした。


「あんちゃん!」「おにいちゃん!」「ハチにいちゃん!」


 そのとき、昔側の玄関から子ダヌキたちが飛び込んできた。いつになく慌ただしく、呼び鈴も鳴らさずに。


「今日は来ないなと思ってたらこんな遅くに……こら! 仲の良い人のおうちであっても、よそ様の家にお邪魔するときはちゃんとピンポン鳴らして、どうぞって言われてから入りなさい!」


 大人の役割としてお行儀をしつけた僕だったのだけれど、三人はそれには全然かまいもせずに、揃って僕のズボンを引っ張ってきた。


 それから、やっぱり三人揃って言った。


「コジローくんかえってきた!」「というかつかまった!」「ばくちくのこもいっしょ!」


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― 新着の感想 ―
[一言] あちゃー、駆け落ち失敗しちゃったかあ しかし捕まったってんなら今回の件に関しての事情は分かりそうですね なにがどうして駆け落ちなんて事になったのやら
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