13.小次郎と桔梗
目に飛び込んできたのは、一人の女の子が火のついた爆竹をステージに投げ込む決定的瞬間だった。
数秒後、またしても破裂音、そして煙。
舞台の上の子供たちから悲鳴があげる。
「バカバカ、バーカ!」
爆竹犯の女の子が再び叫んだ――その悪罵の声に僕はゾッとする。
六年生くらいだろうか、見たところ将門役の小次郎少年と同じ年頃の女の子だった。
小柄で痩せ型の、少々野暮ったい印象がある以外はいたって普通の小学生女児。
そんな普通の女の子に僕がひるんでしまったのは、彼女が目元と声に漲らせている感情のせいだった。
爆竹と一緒に投げかけられた「バーカ!」という悪態にも、いましもステージを睨み付けている目にも、凄まじい悪意が籠もっていた。
あるいは、恨みと呼ぶべき感情が。
それを見た瞬間、僕の心に押し寄せたのは言葉にできない悲しみだった。
そしてそれが去ったあとには、どこにも持って行きようのない憤りが残された。
こんな小さな子にあんなに悲しい目をさせるなんて、この子の周りの大人はいったいなにをやってるんだ?
「わぁぁぁぁん……!」
小さな泣き声が、激情にとらわれかけた僕に我を取り戻させた。
爆竹の音に驚いたのだろう。ステージに目をやれば、子ダヌキトリオの紅一点である梅がへたり込んで泣き出していた。
そんな梅を松と竹は必死に慰めているけど、その二人だって今にも泣き出しそうな顔をしている。
そして、さらに由々しきことには。
「やべ……! あいつ、尻尾が出ちまってる!」
夕声の指摘通り、梅のお尻からはチラチラと尻尾が見え隠れしていた。
「嫌いだ! お前らみんな、嫌いだ!」
焦る僕たちを尻目に、例の女の子がもう一度悪態を叫んだ。
再び取り出される、チャッカマンと爆竹の束。
そして、点火。
さらに、着火。
「おいおいおいおいおい!」
「じょ、冗談じゃないぞ!」
僕と夕声、二人同時に悲鳴じみた声をあげる。
あと一回でもあれが炸裂したら、今度こそ梅の変身は完全に解けてしまうだろう。
しかもこの大入りの観衆の前で。
「や、やめ――」
ほとんど懇願するような調子で僕が制止を叫ぼうとした、そのときだった。
「やめろ!」
僕の声にかぶせるようにして、別の声が叫んだ。
「やめろよ……ね、やめよう?」
はたして、声の主はステージ上の平将門公、神童タヌキの小次郎少年だった。
小次郎少年はまっすぐに爆竹少女を見据えて、諭すように言った。
「やめようよ、桔梗」
言いながら、小次郎少年は被ったままになっていた怨霊の仮面を外した。
「こ、コジロウ……?」
将門の正体が小次郎少年だと知った爆竹少女の目から、憑き物が落ちるように恨みの感情が抜け落ちていく。
……と、そのとき。
「んきゃっ!」
火のついた導火線が燃え尽き、爆竹が少女の手の中で破裂したのだった。
「桔梗!」
小次郎少年がステージを飛び降りて少女のもとに走る。
「桔梗、大丈夫? 怪我してない?」
「う、うん……」
爆竹少女の手を取って、怪我の有無を確認する小次郎少年。
心から案じる様子の少年に、爆竹少女もされるがままになっている。
二人の間に信頼関係が存在しているのは、一目でわかった。
それから。
「あっ……」
「あ……」
ややあってから、少年と少女は自分たちがすっかり注目の的になっていることに、ようやく気がついた。
「あ、あの……その……ええと……」
小次郎少年は、しばし言葉を探した、そのあとで。
「お、お騒がせいたしました!」
そう一言謝ると同時に深々と頭を下げて、その場から走り去ってしまった。
爆竹少女の手を引いて。
「な、なんだったの?」
「あたしに聞くなよ……」
主役の去ったイベントステージは、水を打ったように静まりかえった。
やがてどこからともなくまばらな拍手が巻き起こり、それは会場全体に伝播する。
誰も状況を正確に把握出来ないまま、残された人々は半ば思考を停止させながら拍手を送り続けた。
劇的に退場したドラマの主人公たちに向かって。
「ドラマティックが行き過ぎてる……」
そう呟いた僕もまた、やめ時を見失ったまましばらく手を叩き続けていた。




