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女化町の現代異類婚姻譚  作者: 東雲佑
二章 むじな
33/70

13.小次郎と桔梗

 目に飛び込んできたのは、一人の女の子が火のついた爆竹をステージに投げ込む決定的瞬間だった。

 数秒後、またしても破裂音、そして煙。


 舞台の上の子供たちから悲鳴があげる。


「バカバカ、バーカ!」


 爆竹犯の女の子が再び叫んだ――その悪罵の声に僕はゾッとする。

 六年生くらいだろうか、見たところ将門役の小次郎少年と同じ年頃の女の子だった。

 小柄で痩せ型の、少々野暮ったい印象がある以外はいたって普通の小学生女児。

 

 そんな普通の女の子に僕がひるんでしまったのは、彼女が目元と声に漲らせている感情のせいだった。

 爆竹と一緒に投げかけられた「バーカ!」という悪態にも、いましもステージを睨み付けている目にも、凄まじい悪意が籠もっていた。

 あるいは、恨みと呼ぶべき感情が。


 それを見た瞬間、僕の心に押し寄せたのは言葉にできない悲しみだった。

 そしてそれが去ったあとには、どこにも持って行きようのない憤りが残された。


 こんな小さな子にあんなに悲しい目をさせるなんて、この子の周りの大人はいったいなにをやってるんだ?


「わぁぁぁぁん……!」


 小さな泣き声が、激情にとらわれかけた僕に我を取り戻させた。

 爆竹の音に驚いたのだろう。ステージに目をやれば、子ダヌキトリオの紅一点である梅がへたり込んで泣き出していた。

 そんな梅を松と竹は必死に慰めているけど、その二人だって今にも泣き出しそうな顔をしている。


 そして、さらに由々しきことには。


「やべ……! あいつ、尻尾が出ちまってる!」


 夕声の指摘通り、梅のお尻からはチラチラと尻尾が見え隠れしていた。


「嫌いだ! お前らみんな、嫌いだ!」


 焦る僕たちを尻目に、例の女の子がもう一度悪態を叫んだ。

 再び取り出される、チャッカマンと爆竹の束。


 そして、点火。

 さらに、着火。


「おいおいおいおいおい!」

「じょ、冗談じゃないぞ!」


 僕と夕声、二人同時に悲鳴じみた声をあげる。

 あと一回でもあれが炸裂したら、今度こそ梅の変身は完全に解けてしまうだろう。

 しかもこの大入りの観衆の前で。


「や、やめ――」


 ほとんど懇願するような調子で僕が制止を叫ぼうとした、そのときだった。


「やめろ!」


 僕の声にかぶせるようにして、別の声が叫んだ。


「やめろよ……ね、やめよう?」


 はたして、声の主はステージ上の平将門公、神童タヌキの小次郎少年だった。

 小次郎少年はまっすぐに爆竹少女を見据えて、諭すように言った。


「やめようよ、桔梗ききょう


 言いながら、小次郎少年は被ったままになっていた怨霊の仮面を外した。


「こ、コジロウ……?」


 将門の正体が小次郎少年だと知った爆竹少女の目から、憑き物が落ちるように恨みの感情が抜け落ちていく。


 ……と、そのとき。


「んきゃっ!」


 火のついた導火線が燃え尽き、爆竹が少女の手の中で破裂したのだった。


「桔梗!」


 小次郎少年がステージを飛び降りて少女のもとに走る。


「桔梗、大丈夫? 怪我してない?」

「う、うん……」


 爆竹少女の手を取って、怪我の有無を確認する小次郎少年。

 心から案じる様子の少年に、爆竹少女もされるがままになっている。

 二人の間に信頼関係が存在しているのは、一目でわかった。


 それから。


「あっ……」

「あ……」


 ややあってから、少年と少女は自分たちがすっかり注目の的になっていることに、ようやく気がついた。


「あ、あの……その……ええと……」


 小次郎少年は、しばし言葉を探した、そのあとで。


「お、お騒がせいたしました!」


 そう一言謝ると同時に深々と頭を下げて、その場から走り去ってしまった。

 爆竹少女の手を引いて。


「な、なんだったの?」

「あたしに聞くなよ……」


 主役の去ったイベントステージは、水を打ったように静まりかえった。

 やがてどこからともなくまばらな拍手が巻き起こり、それは会場全体に伝播する。


 誰も状況を正確に把握出来ないまま、残された人々は半ば思考を停止させながら拍手を送り続けた。

 劇的に退場したドラマの主人公たちに向かって。


「ドラマティックが行き過ぎてる……」


 そう呟いた僕もまた、やめ時を見失ったまましばらく手を叩き続けていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 小次郎少年と『ホクショーの天邪鬼』こと桔梗ちゃんは知り合い、それも割と親密な仲っぽいですねー だとすると尚更、桔梗ちゃんがなんでこんな真似をしたのか分かりませんねえ 嫌ってたり嫌がってる感じ…
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