12.幻に心もそぞろ狂おしのかれら将門
イベントステージは広場の一番奥にあった。
僕が到着したとき、ステージの上では市内のおじいちゃんバンドが加山雄三の曲を演奏していた。
取り立てて上手な演奏ではなかったかもしれないけれど、平均年齢70歳越えのメンバーは全員、心の底からこの舞台を楽しんでいた。
「おっせえよ。間に合わないかと思ったじゃんか」
客席に夕声の姿を見つけて隣に座ると、彼女はほっとした顔をしたあとでそんな文句を言ってきた。
ごめんごめんと謝りながら、僕はまいん出張店で買ってきたコロッケを差し出す。
夕声はなおもぶつくさ言いながらりんごコロッケをつまんだ。
「あの子たちの出番は?」
「このじいちゃんたちのあとだよ。多分いま、ステージ裏で準備してるとこ」
加山雄三のあとで、おじいちゃんバンドはさらに一曲演奏した。
サイモン&ガーファンクルの『冬の散歩道』。オリジナルよりもだいぶスローテンポで英語の歌詞も下手くそだったけれど、それでも彼らは見ていて気持ちよくなるほど楽しそうに演りきった。
演奏が終わったとき、客席からは惜しみのない拍手が飛んだ。
そうしようと思うよりも先に、気がつけば僕も手を叩いていた。
「さ、いよいよあいつらの出番だぞ」
「うん」
おじいちゃんバンドが拍手に見送られてステージを去った数分後。
『続いては、北竜台小学校演劇クラブのみんなに登場してもらいましょう!』
アナウンスの紹介を受けて、子供たちがステージに飛び出した。
人数は二十人ほどで、学年も性別もばらばら。揃って武者っぽい格好をしている。
演目は郷土の英雄である平将門公が題材の劇(小学生の演劇にしては渋すぎる題材だけど、史実のディテールはあらかた省略されて将門公のかっこよさだけがフィーチャーされたものらしい)。
赤い衣装で揃えた将門公の軍勢の中に松竹梅の姿があった。
三人とも、客席からでもわかるほどカチコチに緊張している。
「がんばれ……!」
三人の緊張がこっちにまで伝染したようだった。僕は手に汗をびっしょりと握りながら、口の中で念じるように、がんばれ、がんばれと繰り返していた。
しかし、それにしても。
「……なんか、すごくない?」
目の前で進行する劇を見ながら、感心してそう呟いていた。
もちろん、小学生の出し物なので衣装も小道具も手作り感に溢れたものだ。
だけどそれでも、子供たちの劇は想像していたよりもずっと立派なものだった。
中でも特に目を引くのは主演の子供、最年長の将門公役の男の子だった。一番深く役に入り込んでいるのに、同時に他の子供たちに常に気を配っているのがわかった。さっきも緊張してテンポを外した竹をさりげなくフォローしてくれていた。
あれはもう、いわゆる神童ってやつじゃないのか?
「なぁハチ、ちょっと驚くこと教えてやろうか?」
そのとき、夕声が横から言った。なんだか得意そうに。
「あの将門役の子、すごいだろ?」
「うん」
「あいつ、タヌキだぞ」
「は?」
まじで? と僕。
まじで、と夕声。
「三月の宴会の時に文吉親分っていたろ? 小貝川三大親分の一人で……」
「……ああ」
思い出した。というか忘れたくても忘れられない。
「東北妖怪スターシリーズの……」
「そうそう。あの将門……小次郎っていうんだけど、あいつはその文吉親分の甥っ子」
得意げに言った夕声の顔とステージ上の新皇将門をしきりに見比べてしまう僕であった。
だって仕方ないじゃん。小次郎少年が発散する優等生オーラは、僕の知るタヌキのイメージからそれほどまでにかけ離れていたのだ。
「龍ケ崎のタヌキたちにとって、小次郎の奴はまさに期待の星だ。学校じゃ学級委員とかやってるし。すごいだろ、タヌキが人間差し置いて学級委員だぞ? あいつはいま小六だけど、将来はタヌキの常識を変えるような大親分になるって目されてる」
「はへぇ……」
驚くやら感心するやら、僕はただただ間抜けな返事をするばかりだった。
やがて劇はクライマックスに突入するのだけど。
そこから先は、ここまでに輪をかけて趣向が凝らされていた。
仮面が登場したのだ。
ついに討たれた小次郎少年演じる新皇将門は、討たれたと同時に真っ黒な仮面を装着して怨霊将門と変じた。
そうして味方の手勢と敵方の朝廷軍が囃し立てる中で、ステージ上を右から左へと早足に移動しながら、客席に向かって物々しい怨念をアピールする。
「なんか、この部分だけ雰囲気違うというか、もの凄く凝ってない?」
「わかるか? 実はこの仮面の下りだけは割と新しいんだよ。ホクショーOBの振付師が考案したとかで、元々あった劇に後付けでくっつけられたの」
「なるほど。それでここだけ全体の構成から浮いてるのか」
「そうそう。でも結構見応えあるだろ。この後は仮面だけ棒の先っちょにくっつけて振り回すんだ。生首が飛ぶのを表現してさ」
ネタバレすんなし。
さて、夕声の言った通り、やがて黒子役の男の子が棒を持ってやってきた。
そうして、黒子に渡すために小次郎少年が仮面を外そうとした、その瞬間。
けたたましい破裂音があたりに響き渡った。
「な、なんだ!?」
反射的に周囲を見渡す。
すると。
「バーカ!」
目に飛び込んできたのは、一人の女の子が火のついた爆竹をステージ上に投げ込む決定的瞬間だった。




