11.まいんバザール
『ひょんなことから』という慣用句を日常で用いることは滅多にないけれど、僕が子ダヌキたちの支持を獲得するに至った経緯は、まったく『ひょんなことから』と表現するほかないだろう。
三人の子供たちは熱烈に僕を慕うようになった。もともと夕声を介して仲良くはしていたのだけれど、あの日を境にして彼らは夕声以上に僕に懐いた。
「こいつら、あたしの言うことは聞かなくてもあんたの言うことは聞くんだもんな。ほんと、やってらんないぜ」
やれやれ、と僕の口癖を真似して夕声は肩をすくめた。
やってられないと不満を言いながらも、彼女の声からは目一杯の嬉しさが滲んでいた。
僕が子ダヌキたちに認められたことを、夕声はとても喜んでくれているようだった。
そのようにして五月の残りの日々も過ぎていった。
事件が起こったのは、六月に入ってすぐのことだった。
※
六月の最初の日曜日、僕はコロッケ電車に乗って出かけた。
龍ケ崎商店街では毎月第一日曜日に商工会主催の『まいんバザール』なるイベントが行われている。
『龍ケ崎コロッケを一人でも多くの人に食べてもらう』という目的のもと開始されたこのイベントには有志が演目を披露するステージも設けられていて、そのステージで子ダヌキのトリオが学校のお友達たちと一緒に劇をやるのだという。
「みにきてね」「きてね」「まってるー」
やれやれである。あんな風に言われたら、来ないなんて選択肢はないじゃないか。
イベント会場であるにぎわい広場は商店街のちょうど真ん中あたり、水沼さんが働いている『まいん』のすぐ近くにあった。
正午の少し前に到着したときには、すでに広場はたくさんの人たちでごった返しの有様だった。
フリーマーケットや飲食系の屋台がいくつも並んでいて、みんないかにも楽しそうに店から店へと漂流している。
そうした屋台の一つで、見知った顔を見つけた。
「水沼さん」
「あら」
いましも揚げたてのコロッケを油からあげた水沼さんが、三角巾の下に笑顔を咲かせて僕に会釈した。
「まいんも出張店出してるんですね。少し歩けばすぐそこにお店があるのに」
「ええ、まいんコロッケは龍ケ崎の代表選手ですもの。グルメ分野の野口啓代選手です」
愛すべきコロッケを龍ケ崎出身のオリンピックメダリストに例えて、水沼さんは揚げたてのそれを一つ僕に勧めてくれた。
お礼を言ってさっそく一口かじると、スイートポテトのような風味と食感が口いっぱいに広がった。
茨城県産さつまいもを使用したおさつコロッケです、と水沼さんが説明してくれた。
「静ちゃん、こっちの油の温度は、これでいいかね?」
そのとき、別の鍋を担当していたおばさんが水沼さんに聞いた。
水沼さんはほんの一瞬鍋に目をこらしたあとで、「火、少しだけ弱めたほうがいいかもです」と返した。温度計の一つも持ち出すことなく。
「ほら、前に言ったピット器官ですよ。サーモグラフィで温度、見えるんです」
油の温度管理はお手の物です、と水沼さんは得意げに言った。
うーむ、現代生物学である。




