10.もしもあたしがキツネの本性をさらしても
「なぁ、ハチ。あんた、どうしてそんなにマジになってるんだ?」
ややあってから、代表するように夕声が言った。
僕には質問の意図するところがわからなかったのだけれど、見れば子ダヌキたちは揃ってうんうんと肯いている。
「さっきからあんた、すごく真剣に心配したり怒ったりしてるだろ。前にこいつらの話を聞き流してたことにも、びっくりするほどマジに謝ってたし」
「うん」
「いや、それは全然悪いことじゃないというか、むしろありがたいことだと思うんだけどさ。でも不思議なんだよ。どうしてあんたがそこまでって」
夕声が言い、子ダヌキたちがやっぱり揃って首を縦に振る。
「なんでって……」
僕は少しだけ困惑しながら言った。
質問の解像度はあがったけれど、それでもみんなの疑問の在処は僕には不明だった。
いったい、みんななにを言っているんだ?
「そんなの、僕が大人で君たちが子供だからに決まってるだろ」
子ダヌキたちと、それから夕声を順番に見て、答えた。
「だって、身内同然の子供が通ってる小学校に、変質者が出没してるかもしれないんだよ? そんな問題を放置できる大人がどこにいるっていうんだ?」
そんなの当たり前だ、と僕は言い切る。
本当に、なんでそんなことをわざわざ聞くんだ?
僕が答えたあと、少しの間、夕声も子ダヌキたちもぽかんとして僕を見ていた。
ややあってから、子ダヌキの一人が動いた。
いつも他の二人の後をくっついている印象のある最年少にして紅一点の梅が、僕に歩み寄ってひしっと抱きついてきたのだ。
「ハチにいちゃん、すき」
「え?」
梅の突然の行動に戸惑っていると、
「おれも、あんちゃん好き」
「ぼくも」
残る松と竹も、口々に僕への好意を表明した。
「は? みんな、なんで急に」
狼狽える僕とその僕にまとわりつく子ダヌキたちを、夕声は黙って見つめていた。
彼女はひどく嬉しそうな表情を浮かべていた。
※
それから数時間後、僕と夕声は神社へと夜道を歩いていた。
寝落ちした子ダヌキたちを抱えて。
「重い……」
あの後、どういうわけか子ダヌキたちは僕から離れようとしなかった。
夕声が「そろそろお暇するぞ」と声をかけても、まだあんちゃんと遊ぶ、ハチにいちゃんと一緒にいると言い張って聞かず、結局こうして電池が切れるまで我が家に居座った。
「気持ちよさそうに寝ちゃって……タヌキが夜行性だって話はウソだったのか」
「こいつらは生まれた時から人として生きてるからな。人間が板についてるんだよ」
そう返事をした彼女の声は、なんだかやけに弾んでいた。
今夜はもうずっと、夕声はえらく機嫌がいいのだ。
彼女が質問して僕がそれに答えた、あのときから。
「僕、なにかおかしなこと言ったかな?」
隣を歩く夕声に、意を決して聞いた。
彼女の機嫌がいいのも、それに子ダヌキたちの突然の好感度アップも、そこに原因があるのは明白だった。
僕が問いかけると、夕声は小さく声を出して笑った。やっぱり嬉しそうに。
「言ったよ。でもあんたにはそれがわからないんだろ?」
「うん、さっぱりわからない」
そう答えると、夕声はさっきよりもさらに楽しそうに笑った。
「そこなんだよ、こいつらが嬉しかったのは。あんたは当たり前のようにこいつらを『身内の子供』って言ってくれたし、だから僕が君たちを大事に思うのも当たり前だって、そう言ってくれたんだ」
「いや、だってそんなのは――」
「そんなのは当たり前、なんだろ? うん、あんたにとってはそうなんだろうさ。だからあんたには『自分はいい奴です』って鼻にかけたところが全然ないんだ。でもそれって、すごいことだと思うぞ? 人間だとか化生だとか関係なくさ」
あんたは『当たり前のいいやつ』なんだ。そう言って夕声は肩肘で僕をつつく。
僕はといえば思いっきり照れて、たぶん真っ赤になっている。こう見えて僕はすぐに赤くなるタイプだ。
「それから、もう一つ」
「なに?」
「あんたはこいつらを、まるっきり人間の子供とおんなじに扱ってくれてるんだって、それがわかったから。こいつらのタヌキの姿まで見てるあんたがさ。……そんなの、嬉しいに決まってるよ」
なんだかしみじみと言って、それから夕声は続けた。
「……あたし、こいつらがうらやましいな」
「うらやましい?」
うん、と肯いて、夕声は続けた。
「なぁハチ。もしもあたしがキツネの本性をさらしても、あんたはあたしを受け入れてくれるか?」
軽口の延長のような口調。
だけど、軽口に見せかけたその問いかけには真剣な期待と不安がない交ぜになっていると、僕にはそう感じられた。
だから、僕も真剣に考えて、それから言った。
「わかんないな。だって、僕はまだ君のキツネの姿を見てないもん。ということで、そろそろ一度見せてくんない?」
イエスともノーとも答えず、僕はそう言った。
それが正しい返事だったのか、それはわからない。
夕声は少しだけきょとんとした顔をしたあとで、今度はにんまりと笑みを広げて、次のように言った。
「スケベ」




