7.昔話を現代生物学でフォローするのはやめてほしい。
「以上がうちのなれそめです。先生と……ダーリンと私の」
そう締めくくって、水沼さんは赤くなった頬に手をやった。
幸せそうにはにかむその仕草には少女のような印象すらあった。
彼女が戦前から生きる『蛇沼の女王』だとは、やはりとても信じられなかった。
「ほら、蛇って変温動物じゃない? だから暑苦しいほどに熱血なあの人って、私には結構お似合いなのよね」
「はいはい、ごちそうさん。あー、お熱いことお熱いこと」
水沼さんの惚気を受けて夕声がパタパタと顔を仰ぐ。
人外の惚気はあまりにもぶっ飛びすぎていて僕にはちょっとついていけない。
「でも、意外だな。水沼って、旦那さん側の名字だったんですね」
「ええ、よく言われるんですよ。『水沼静』って、まるっきり名は体を現してるのにって。だから、うふふ、きっと運命だったんでしょうね。蛇沼が水沼になるのは」
「ハチ、余計なこと言うな。こうなった静さんはなんでも惚気につなげてくるぞ」
やれやれ。
しかし、聞けば聞くほど異類婚姻譚だ。しかもこれは、とびきりオーソドックスな。
蛇女房。
「そういえば、旦那さんに渡したお守りって、なんだったんですか?」
「ああ、それはね。これですよ」
言うなり、水沼さんは右の目元に手をやって、そしておもむろに取り外した。
眼球を。
「ひっ……」
「あ、びっくりさせちゃいました?」
当たり前だ。いきなり目の前で目ん玉外して見せられたら誰だってびっくりする。
「ですよね。だからダーリンに渡した時にも袋の中身は見るなって言ったんです。見たらびっくりしちゃうから」
そう言う水沼さんの手の中で目玉がぎょろっと動く。
後に旦那さんとなる水沼先生は彼女の言いつけを守ったに違いない。こんなの見てたらびっくりじゃすまない。
「でも、そうか……思い出しました。『蛇女房の目玉』の逸話」
古今東西に分布する蛇女房の異類婚姻譚の中で、目玉は常に重要なアイテムとして登場する。
正体がばれて去る間際、蛇女房は愛する夫に片方の目玉を残していく。
これはいわば女房の形見のような代物で、渡された目玉をなくしてしまわない限り、夫には破格の富や幸運が舞い込み続けるのだ。
「お若いのによくご存知ですねぇ。そうですそうです、蛇女房の目玉ってラッキーアイテムなんですよ。とはいっても、私は当時まだ全然女房じゃなかったんですけど」
うふふ、運命、と水沼さん。
夕声の言った通り、ほんとに隙あらば惚気るな。
「おい、ちょっと待てよ」
そこで、夕声が口を挟んだ。
「目玉をなくさない限りって、昔話だとなくしちゃう展開もあるってことか?」
「うん。というか、まず確実になくしちゃうね。殿様とかの権力者に取り上げられちゃう場合もあるけど」
「ひっでえな。それで、なくしたあとはどうなるんだ?」
「沼に帰った女房のところに残ってるもう片方の目玉をもらいにいくんだよ。で、両方の目玉を渡してしまった蛇女房は目が見えなくなってしまう」
「ますますひどいじゃんか! 怒れよ蛇女房! というか断れよ、渡すなよ!」
昔話に真剣に腹を立てる夕声。まぁ、その意見にはおおむね同感だけど。
「まぁまぁ。でもほら、目玉がなくなっても、私たち蛇にはまだピット機関が残されてるでしょう? 赤外線でね、サーモグラフィーみたいに熱源が感知できるんですよ。だから視力を失っても、最悪なんとか生活はしていけるから」
頭がこんがらがるから昔話を現代生物学でフォローするのはやめてほしい。
「でも椎葉さん、どうしてこんな話を聞きたがるんです? こんなおばさんの恋バナなんて、あんまり面白くないでしょう?」
「こいつはそういう話が好きなんだよ。怪談話とか、イルイコンインタンとかさ」
「あら……そっか、恋バナじゃなくて怪談話として聞いてらしたんだ……」
「ち、ちがいます! こう見えて僕は恋バナも大好物なタイプです!」
シュンと眉を落とした水沼さんに、慌てて弁明する僕である。
「いいんですいいんです。私なんてどうせ怪談です、ホラーです。口裂け女とかトイレの花子さんとかゴジラとかと同じジャンルの存在なんです。どうせね、どうせ……」
「み、水沼さぁん……」
「うふふ、冗談ですよ。でも、そうですか。椎葉さんは怪談に興味がおありですか」
でしたら、と水沼さんは続けた。
「でしたら、一つ新鮮なのがありますよ。これ、ダーリンから聞いた話なんですけどね」
「水沼さんの旦那さんて、小学校の先生の?」
「はい。ですからこれは、怪談としては王道中の王道です」
ずばり、学校の怪談ですよ、と水沼さんは言った。




