表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女化町の現代異類婚姻譚  作者: 東雲佑
一章 狐火
17/70

15.タヌキは女に化けるのが苦手なんだよ

 結論から先に言うと、実に『お楽しみはこれから』だったのである。


 そこから先は松竹梅トリオの見せてくれたかわいげのある出し物ではない、大人のタヌキたちによる正真正銘の変身合戦がはじまった。

 特徴を捉えたタレントの変身モノマネやワイドショーを騒がせた時事ネタのメドレーなど、このあたりまでは比較的マイルドで僕も結構平静を保っていられたと思う。


 雲行きが怪しくなったのは『小貝川(こかいがわ)八大親分の三番手、市民運動公園の文吉』と紹介を受けた一匹のタヌキが披露した『東北妖怪スターシリーズ』なる演目からだった。

 赤子を抱いた姑獲鳥(うぶめ)、子供の姿の座敷わらし、邪悪な笑みの天邪鬼(あまのじやく)……

 やんやの歓声とともにひな壇に登場した文吉親分は、代わる代わるに東北地方の著名な妖怪に変じてゆく。


 これがまた、どれもものすごい迫力だったのだ。

 もちろん僕は本物の妖怪なんて見たことがないのだけれど、しかしそんな僕にまで『これはまるっきりホンモノだ!』と膝を打たせるような、説得力のある凄み。

 子供のころ真剣に恐怖した昔話の世界観を、あたかも成長した大人の精神で追体験する。


 本気でビビる僕とは対照的に、僕以外の観客は変化(へんげ)のたびに拍手と喝采、あるいは爆笑でこの芸に応じる。

 どこに笑いの要素があったのか、僕にはわからない。


 なかでもひときわ大きな反響があったのは、ちょっと意外だったのだが、雪女だった。

 かまいたちが消えたと同時に吹雪を背負った青白い美女が現れた途端(この吹雪は見掛け倒しで実際には寒くも冷たくもないらしいのだけど、言うまでもなく僕は身震いなどしている)、観衆は揃って「おー!」っと大きく感嘆の声を上げる。


「タヌキは女に化けるのが苦手なんだよ」


 隣に座っていた夕声が、またも完璧なタイミングで解説を入れる。


「メスのタヌキはそりゃ女に化けるけど、それでも美人に化けるのはなかなか難しいんだよ。で、オスが美女に化けるのはそれこそ、ええと……シナン?」

「至難、かな?」


 解説シーンだからって無理に難しい言葉を使おうとせんでいいのに。


「そうそれ。とにかく、オスのタヌキが女に化けるのはかなーり難易度が高いのさ。オスダヌキが二匹揃ってやっと一人の女に化けたなんて昔話もあるし」

「へー」


 そう言われて周囲を見渡すと、たしかに会場の女性比率は男性のそれに劣っているし、女性陣の見目はあまり麗しいとは言えない。

 中には和服姿の美人さんもいるのだけど、もしかしたらあれはタヌキではないのかもしれない。


「なるほど。みんながやたらあの雪女に感心してるのは、妖怪の迫力と難易度の高い美女の合わせ技だからなのか」

「そうそう。実際文吉さんのアレはすごいんだぞ。技術点も芸術点も高い」


 いや、なんだよ芸術点って。あるのか採点基準。


 と、僕らがそんな話をしている間も文吉親分の雪女は大評判であった。


 よっ、流石は運動公園の顔役!

 坂東太郎の股旅(またたび)伝説は伊達じゃないねぇ! 


 そんな風に、人間の僕にはいまいち凄さの伝わってこない賛辞がそこここから飛ぶ。


 さて、僕にとっての悪夢の極め付けはそこからだった。

 親分の見事な化けっぷりに触発された十余人が(十余匹が、か?)、すわ、『東北妖怪スターシリーズ』に飛び入り参加を決めたのだ。はたして親分はこれを歓迎した。


 そのようにして僕の地獄ははじまる。


 包丁と桶を手にしたナマハゲがいた。

 鬼火を供にして宙を浮遊する馬の首がいた。

 巨大な一つ目を見開いた僧衣姿の入道に、しなびた乳を着物の合わせからはみ出させた鬼の形相の山姥(やまんば)がいた。


 さらに、河童と天狗と傘化けと、挙げ句の果てには日本刀と猟銃で武装した殺人鬼もいた(八つ墓村の元ネタって東北じゃなくて中国地方じゃなかったっけ?)。

 恐ろしい恨みの形相の平将門公が、いた。


 そんな妖怪たちが、宴会の席から席へと練り歩きはじめたのだ。

 さながら百鬼夜行のように。


 言うまでもなく僕は悲鳴を上げている。

 そして恐慌をきたす。


 悪い子はいねがあああああああ! とナマハゲに迫られて、涙目になって「いい子にします、いい子にします!」と繰り返す僕である。

 雪女には迫られてもいないのに「誰にも話しません、誰にも話しません!」と誓う僕である。

 河童から尻子玉を死守せんとし股間を手で覆う僕である。


 そんな僕の醜態なんてまったくよそ事に、宴会の盛り上がりはここに来てたけなわだ。

 オーディエンスのボルテージは最高潮で、みんな腹の底から楽しそうに笑っている。


 一方で僕は叫んでいる。もちろん悲鳴である。


「にゃははははは、おいおい誰だよその河童! 本物でもそこまで化け物じみちゃいないだろー!」


 視界の外で、夕声が河童に好意的なヤジを飛ばしていた。


 ああ、本物の河童も実在するんだ……。

 そんな思考を最後に、僕の意識はぷっつりと途絶えて闇に堕ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こんな席に人間が居て良いのかなー?って思いましたがこれだけ怖がってくれたりといい反応見せるんなら賑やかしにいいですね 実際のところはどんな事情でお呼ばれしたのやら
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ