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女化町の現代異類婚姻譚  作者: 東雲佑
一章 狐火
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14.初化け披露

 そこからの一時間、僕の目は僕の体を離れて、不思議な時間の中へと入っていった。


 目を疑うなんて、そんな生易しいものではない。

 目を覆いたくもなったし、同時に目が離せなくもなった。

 とにかく、それからたっぷり一時間かけて、僕の常識は念入りに破壊されて粉砕されて、ほとんど跡形も残らなかった。


 夕声の言った通り、始まったのは宴会の余興、楽しい隠し芸の時間だった。

 ただし、人間のものではなかった(彼らが人間ではないという事実を、僕はその一時間で嫌というほど突きつけられて受け入れさせられた)。


 最初に登場したのはあの三人組(……というか、三匹組?)。

 僕をここまで案内してくれた、あの子ダヌキのトリオだった。黄色い通学帽の彼ら、である。


 いかにも緊張した様子で壇上(といっても、並べた飲料ケースに平板を置いただけの安上がりでインスタントな代物だけど)に上がった松・竹・梅のトリオは、しゃちほこばった感じもそのままにみんなに向かってお辞儀をする。

 そんな彼らにお集まりの面々から喝采が飛ぶ。まるで幼稚園のお遊戯会みたいだ。


「今日の一発目はあいつらの『初化け披露』からなんだ」

「はつばけ」


 とりあえず復唱してみた僕に、そ、はつばけ、と夕声。

 なるほど、と僕は頷く。なるほど、全然わからん。


 さて、みんなの応援に後押しされてトリオの演目ははじまる。

 もう一度みんなにお辞儀をして、それから三人の小学生はまたくるくると横回転をはじめた。

 回転が終わった時、そこには三体の、信楽焼(しがらきやき)の狸の置物が現れている。タヌキといえばこれ、というイメージでおなじみのあれである。

 置物の腹にはそれぞれ『松』『竹』『梅』と書かれている。


「にゃはは、やっぱタヌキの初化けはこれだよな」


 夕声がけらけら笑いながら同意を求めてくる。

 いやそんなあるあるネタみたいに言われても、と反応に困る僕である。


 と、そんなやりとりをしている間に、壇上では『梅』の置物がこてんと倒れてしまう。慌てて助け起こそうとする『松』と『竹』。

 オーディエンスは大爆笑だ。


 みたいではなく、本当に幼稚園のお遊戯会そのものだった。

 どうやら『初化け』とは歌舞伎や狂言における初お目見えのようなものらしい。きっとタヌキの社会では大人になるための通過儀礼なのだろう。おめでたいなぁ。


「……おめでたいなぁ」

「ん、どうしたハチ? 目がこう、なんか遠く見ちゃってないか?」

「……遠く……うん、そうだね……ここは、常識的な日常から、とても遠い……」


 ショックのあまり中原中也でも決め込みたくなる僕である。思えば遠くへ来たもんだ。悄然(しようぜん)として身をすくめちゃいそう。頑是(がんぜ)ない……実に頑是ない。


 それから、松竹梅トリオの変身は『見ざる言わざる聞かざる』でおなじみの日光東照宮の三猿、猿・雉・犬の桃太郎サーヴァントチームと続き、最後に縦一列に積み上がった親ガメ子ガメ孫ガメで幕を閉じる。

 重さに耐えかねた親ガメがコケると子ガメ孫ガメみんなコケた、という偶然ながらも見事なオチまでついて、観客席からは惜しみのない拍手と喝采が飛んだ。


「あー、おもしろかった! お愛想抜きで大成功の大反響じゃんか! やるなぁあいつら!」


 拍手をしながら、夕声がこちらを見て言う。力いっぱい、全身全霊の拍手をしながら。


 屈託のない笑顔。

 忌憚のない喜びの表明と、その表現。


「う、うん……」


 そして瞳が、驚くほど雄弁だった。

 表情豊かな眼差し。

 楽しいな、そう語りかける綺麗な目。


 その笑顔と瞳に僕は見惚(みほ)れて、見蕩(みと)れて――魅入られた。


「……うん。おもしろかった」


 呆けたようになって、知らずのうちにそう返事をしていた。


「お、だろだろ! そっか、あんたも満足してくれたか!」


 僕の心のうちなど知らず、「そう言ってもらえると連れてきた甲斐があるよ!」と嬉しそうな夕声。

 僕は誤魔化すように目の前にあった鳥の手羽先を自分の紙皿に移す。ちなみにこれもお祭りで仕入れてきたものらしい。そういえば屋台が出ていたのを見た。


 そうして、僕がすっかり冷えてしまっている手羽先を(でも結構美味しかった。特に皮の部分が)齧っていると。


「でも、お楽しみはこれからだぞ」


 夕声が、そんなことを言った。


「……え?」


 思わず手羽先を取り落としそうになる。まだ、まだなにかあんの?


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― 新着の感想 ―
[一言] 初お披露目ってことは子ダヌキ達は見た目通りに年若いんですねえ そして人以外にも化けられると
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