13.変身
「ヘンケンの塊みたいなあんたに。ひとつ現実を見せてやろうと思ってさ」
そういうと、夕声は手を叩いて誰かを呼んだ。
「おーい、松、竹、梅! ちょっとこっちゃおいでー!」
夕声がそう呼びかけると、宴席の人々の中から三匹の動物が飛び出して、トコトコとこちらに歩いてくる。
「タ、タヌキだ……」
なんだこれ、飼いならされてるのか?
タヌキって、人間に慣れるの?
「なぁハチ、もちろんあんたはこいつらのこと知ってるよな?」
「は? このタヌキたちのこと? 知らないよ、知るわけないよ」
僕がそういうと、夕声は肩をすくめて呆れを表現した。アメリカ人のように。
「薄情なやつ。ここまで案内してもらっといてそれかよ」
「は?」
「よっし、松、竹、梅。このあんちゃんにちょっと現実見せてやってくれ」
夕声がタヌキたちに言った。
すると、タヌキたちはおもむろに前脚を持ち上げて、人間のように後脚だけで立ち上がった。
それから、唖然としている僕の前で、くるくると回転し始める。
そんなことして目を回さないのだろうかと間抜けな感想を抱きながら見ていると、案の定三匹は目を回して転んでしまうのだけれど……。
「へ?」
回転が止まった時、タヌキたちがいた位置には、互いに背中を預けて尻餅をついている三人の子供がいた。
男の子が二人と女の子が一人。全員、黄色い通学帽。
「は? え? は?」
唖然を通り越して呆然も通り越してただただ我が目を疑う僕。
そんな僕の前で、男の子の一人が「まつー」と言い、残る二人が「たけー」「うめー」と続く。
とても見覚えのあるやり取りをする、すごく見覚えのある三人。
「見たか? こいつが現実だ」
あまりにも現実離れした光景に、貧血を起こしそうになる。
タヌキが人に化けた。変身した。
変身……変身……へんしん……。
「……グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目覚めると……自分が一匹の巨大な毒虫に変わって……」
「あんたって斬新な現実逃避の仕方すんだなー」
はっ、ショックのあまりカフカの『変身』なぞ朗読してしまっていた。
「なにこれ……? いったい、どういうトリック……?」
「トリックなんかじゃねーよ。『トリック』って『騙す』って意味だろ? こいつらは騙してもいなけりゃ化かしてすらいない。ただ化けただけだもん」
「ただ化けただけって……。……え、あの、ほんとに……ほんとにタヌキ……?」
まじで? と尋ねる僕に、まじで、と答える夕声。
視界の端で子供たちが「タヌキー」「むじなー」「ぽんぽこー」とか言っていたけど、気に留めている余裕がないのでとりあえず無視する(……むじな? いやダメだ、気にしたら負けだ)。
僕は集まっている人たちを眺め渡す。
提灯の灯りの下で盛り上がっている宴会の面々を。あの統一性のない老若男女。お祭りから調達してきたのであろう焼きそばやフライドポテトをつまみにビールを飲んでいるみなさんを。
「……ここにいる人たち、まさかみんな、タヌキなの?」
「まぁほとんどはタヌキだな。ヘビとかもいるけど」
ヘビ……! ヘビだってよ……!
本気かこいつ? そして僕は正気なのか?
「それで、あの、君は……キツネ?」
「そうそう」
やっと信じる気になったか、と夕声が嬉しそうに僕の背中を叩く。にゃははーと笑いながら。
「……ありえない……こんなの、まるっきり常識はずれだ……」
「それそれ、あんたがヘンケンの塊だってのはまさにそれだよ。知ってるか? 『常識ってのは十八歳までに集めた偏見のコレクション』なんだぜ。漫画の台詞だけど」
「いや、それ確か元はアインシュタインの台詞だし……というか、漫画読むの? キツネなのに?」
「キツネだって漫画も読むしスマホも持ってるよ。令和の時代にどんだけ考え古くさいんだっつの」
令和の時代にタヌキだのキツネだの言われてるこっちの身にもなって欲しい。
と、その時だった。
「夕声さん。場も温まってきましたし、そろそろはじめましょうや」
話しかけてきたのは恰幅のいい和服の旦那だった。なんらかの権威ある団体の役員のような(あるいは組長のような)貫禄のある、僕の父よりいくらか年上と思しき年齢の男性。
そんな人が、さんづけで夕声を呼んでる。というか、敬語で話してる。
「ん、わかった。みんなにはじめるって伝えといてよ」
そしてタメ語でなにやら指示を伝える夕声。
貫禄のある旦那は笑顔で夕声にお辞儀をして引き下がる。
年長者の自分に指図をする小娘に少しも不満を感じていないらしい。
「い、いったいなにがはじまるの?」
小物感も丸出しに尋ねる小市民な僕である。
そんなこちらの反応がいたくお気に召したらしく、「ふふーん」と鼻高々にご満悦の夕声。キツネじゃなくて天狗じゃないのかこいつ。
それから、彼女は言った。
「宴会のお楽しみといったら、なんといっても余興、かくし芸、宴会芸、だろ?」




