12.狐の穴
子供達の後を追って、おっかなびっくりと森を進む。
もはや描写するのも馬鹿馬鹿しいのだけど、森の中はものすごく暗い。
なにしろ光が全然ないのだ。
民家の光どころか、頭上を幾重もの梢に遮られているため星の光もここには届かない。完全なる闇の世界だ。
とてもとても暗黒。
あの子供たちは本当にこんなところに入っていったのか、と僕は訝しむ。
というか、本当に夕声はこんなところにいるのか?
疑わしい。はなはだ疑わしいぞ。暗いし怖いし、正直もう帰りたい。
しかしそうは思っても歩みを止めない僕である。
なぜなら子供たちが入っていくのを見ちゃったから。それを放っといて大人の僕が帰っちゃうのは、それは、なんかまずい。
責任感というよりは問題化を恐れる保身が僕を突き動かしていた。小市民なのだ。
いくつもの鳥居を通過して森の中の道を進んだ。
鳥居はいくつも連なっている。
いくつも連なって、森の奥へ、奥へと僕を誘う。
というかこの森、なんかやたらと深くないか?
外から見たスケールだと、もうとっくに踏破しちゃってる頃では?
ひとつ鳥居をくぐるたびに、『鳥居は此界と異界を隔てる結界なのだ』とか『異世界へ通じている門なのだ』とか、そういう余計な知識が脳裏をよぎる。
まさか帰って来れなくなったりしないよな。
ふと沸いたそんな思考に、まさか、と自分で反論する。おいおい、夕声の中二病が伝染ったか? そんな非現実的なこと、あるわけないだろ。
と、そのとき。
進む先に、仄かな灯りが見えた。そしてその灯りを認識した途端に、わいわいと盛り上がる人々の声も聞こえはじめる。
救われたような気分で、僕は微かな光明に向かって歩いた。
やがてたどり着いたのは、森の中の広場だった。
広場には無数の、そして大小様々なお稲荷様があった。ホームセンターで数千円で売ってるようなものから、見るからに立派な特別製のものまで。新しいものから古いものまで。宮や祠の類はなくて陶器の狐だけが置かれている一画もあった。
周囲の木々には洗濯ばさみで固定されて油揚げがつるされている。
僕はそれらをはっきりと視認できている。
なぜなら広場にはいくつも提灯が吊るされていたから。そこには明りが灯されていて、その下でいましも宴会が催されている。
「よう、ハチ」
いくつかある座卓の人々の列から僕を呼ぶ声があった。
「こっち、こっち」
声のした方をみると、探し求めていた人物が手招きをしていた。
「夕声さぁん……」
僕は情けない声を出して彼女の元に急ぐ。
近くに座っていた人たちがくすくす笑いながら場所を開けてくれた。
様々な、実に様々な人種がいた。
家事の途中で抜け出してきたようなエプロン姿の主婦もいれば、この場をライブの打ち上げ会場と誤認してしまいそうになるビジュアル系のバンドマン、さらにはつま先から頭のてっぺんまで完璧に着付けた和装の美女も。
これ、いったいどういう集まりなんだ? こんな真っ暗い森の奥で。
「神社でお祭りがあった日はこっちでも宴会をやるんだ」
夕声が説明した。やっぱり僕の心を読んだように。
「こっちでもって、ここ、なんなの? それにこの人たちは?」
「ここは女化神社の奥の院だよ。そして」
そこでもったいぶるように言葉を切って、続ける。
「ここが女化ヶ原さ。別名、根元ヶ原」
「根元ヶ原……それって、昔話の中で正体のバレた狐が消えていった、あの?」
ぴんぽーん、と夕声。
「開発で失われた女化ヶ原の現存する最後の一画で、地元の人は狐の穴って呼んでる。ここにあるお稲荷さんはみんな町の人が置いてくれたもんだし、今でも毎日油揚げをお供えしてくれる人もいるんだ。そこらにつるされてる油揚げもみんなそうだ。昼間に町の人がつるしてったんだよ」
愛されてんだろ、と夕声は胸を張る。
「毎日こんな森の奥まで来る人がいるの?」
「いや、いつもは入り口からここまで一分もかからないよ。小さい森だもん」
「は?」
「今日は宴会だから、邪魔が入らないように道の長さを化かしてんだよ。まさかあんたまで引っかかっちゃうとは思わなかったけどさ」
何言ってんだこいつ?
「何言ってんだこいつ、って思ってるだろ?」
「うん」
素直に頷く僕である。素直さは僕の美徳の一つだ。
夕声は大きく、そしてわざとらしくため息をついた。
もしかしてそれは僕の真似か?
「まぁ、あんたがあたしの話をすこッッッしも信じてないのはわかってたよ。だからこそ、今夜はこうしてあたしらの宴会に招いたんだ」
「? どういうこと?」
「ヘンケンの塊みたいなあんたに。ひとつ現実を見せてやろうと思ってさ。……あんたのまだ知らない現実をな」




