11.夜歩く
帰宅してテレビをつけると、マーティ・ケリー監督の『ブラッドフォビア』が放送されていた。
僕が生まれる何年か前の映画だ。当時三十歳のココ・ココ・マチューカ・プラードは現代に生きる僕から見ても美しい。この映画で彼女はアカデミーの主演女優賞を受賞したのだ。
僕はソファに腰掛け、重火器を振り回して吸血鬼と戦うココ・ココの活躍を見守る。お祭りの屋台で買ってきた焼きそばを食べながら。
しかし結局、僕は主人公レイモンドとコートニーのロマンスも、彼らと吸血鬼の戦いの行方も見届けることができなかった。
映画の途中でいつの間にか眠ってしまっていたのだ。
目が覚めたとき、部屋の中はすっかり暗くなっている。暗闇の中でスマホを探って時刻を確認する。
ロック画面のデジタル時計は、二〇時二十六分を示している。
それから、繰り返し鳴らされ続けている玄関チャイムに気づく。
我が家の二つある玄関のうち、『昔側』の来客を告げる音。
――夕声だ。
そこからはまるっきり昨日の再現だった。僕は慌てて飛び起きると、寝ぼけ眼を擦りながら昨日と同じ台詞を叫んで廊下を走った。
はいはい、今出ます。
しかしあにはからんや、訪問者は、見知ったあの女子高生ではなかった。
「こんばんわ」
「こんばわ」
「おこんばんわです」
玄関先にいたのは、小学生の三人組だった。
男の子が二人と女の子が一人。
ご丁寧にも全員が黄色い通学帽を被っている。小学校の、見るからに低学年だ。
「夕声ちゃんが呼んでる。来て」
男の子の一人が代表して言い、残る二人が「来て」「来て」と声を揃える。
そうして、唖然としている僕の袖を、三人揃って引っぱる。意外なほど強い力で。
三人に導かれるまま、僕はサンダルをつっかけて家を出た。
※
当たり前だけど、室内と同じように外はもうすっかり暗い。
というか、露骨なまでの対比が闇の中に浮かび上がっていた。
我が家を境にニュータウン側の道は街灯もあって明るいのだけれど、逆方向の女化方面に続く道は民家の明かり以外には一本の街灯もないのだ。
その暗闇の中を、子供たちは少しも怯まずに歩いていく。
まるで暗闇を見通す夜行性の目でも持っているかのように。
スマホに内蔵されたライト機能を頼りに、僕はどうにか子供たちの後を追う。
「ねえ君たち、もうすぐ九時になるけど、大丈夫? お家の人は心配してない?」
ようやく眠気が晴れてきた僕は、いまさらのようにそう聞いてみる。
返答はなかった。前を進む三人はほんの一瞬だけ歩みを止めたものの、揃って僕を一瞥した後で、やはり揃って馬鹿にしたような笑みを浮かべて再び歩き出した。
ヤなガキどもだな、と僕は思った。
案の定と言うべきか、子供たちが向かっている先は女化神社のようだった。
昼間通ったルートをなぞって僕たちは歩く。神社の看板で左折して、パチンコ屋の前の道を直進して、大きな道路の信号を渡る。
昼間とまったく同じ道筋。
そのルートから、子供たちが不意に横道にそれた。
神社とは全然違う方向に向かって。
老人ホームの駐車場を、家と家の合間の狭い道を、さらには民家の庭を遠慮も会釈もなしに横切って子供たちは進む。
後に続く僕は誰もいない闇に向かってお辞儀なんかしつつ、小さくなってこそこそと進む。こう見えて僕は小市民なのである。
やがて到着した先は、住宅地の奥にあるこんもりとした小さな森だった。
距離にして神社から徒歩五分くらいだろうか。
民家の横の道路を起点に、いくつもの鳥居が森の中へと続いていた。
まるで女化神社の参道みたいだ。僕は昼間見た長い長い鳥居路を連想して思う。
「それじゃ、ちゃんと連れてきたからね」
やはり男の子が代表して宣言し、残る二人が「あんないしゅーりょー」「おつとめかんりょー」と言う。
それから子供たちは、あとはもう僕になんてちっとも構わずに、脇目も振らずに森の中へと走り出した。
真っ暗な中を、各々全速力で。
その駆けていく姿が、突如、闇に溶けるように消えた。
びっくりして、反射的にスマホのライトを森へと向ける。
LEDの白い光が一瞬だけ捉えたのは、四つ足で駆け去る三匹の小動物の姿だった。
僕はその動物を一度だけ見たことがあった。昨日、バスの車窓から。
「……タヌキ?」




