矜持
美しくなったな、と思う。
歌も、姿も、身のこなしも。
雪に耐えた芽がいっきに芽吹くように、沙伎は春を迎えてさらに伸びやかになった。
今回贈った貝殻の簪は、阿礼がコツコツと作り上げたが、最初に思った石の飾りの下がった簪を諦めたというわけではない。いずれ求婚のときにはぜひとも贈りたいと思い、探し続けてもいた。
それでも自分で作った割には悪くない簪だという気持ちはある。
沙伎の髪で簪が揺れる。
きらきら
さらさら
聞こえるはずのない貝殻の触れ合う幽かな音を、阿礼の耳が捉える。
簪の形に作り上げて行く間に幾度も聞いたその音は、阿礼の耳の奥に刻み込まれている。
きらきら
さらさら
その音は沙伎の歌と絡みあい、沙伎の歌を包み込んだ。
今日、自分の里に戻った阿礼は、早速先のもとへ向かおうとする足を、お婆によって止められた。
お婆と沙伎の婆は、阿礼や沙伎の知らないところで何やら話し合いを持ったらしい。沙伎の婆様はいずれ沙伎が娘らしい年頃になれば、阿礼を迎えても良い意向なのだという。もちろん沙伎の意思が最も重視されるが、沙伎の同意を得ても、沙伎の婆の許しが出ないという事態の心配はしなくていいらしい。阿礼のお婆もまた、伝承の継ぎ手である沙伎と阿礼の結び付きを歓迎してくれるということだった。いずれは阿礼と沙伎の結び付きをきっかけに、沙伎の里を比売田に合流させる話もあるらしい。
全く戸惑いを感じなかったと言えば嘘になる。
当事者である阿礼と沙伎の間にまだ何の約束も成立しないうちに、両方の祖母が話し合うというのは気が早すぎるように思う。
大切に育てているものを、不躾に覗き込まれたような不快感もあった。
でも、心の一部は情けなくも浮かれている。
沙伎の婆様の意向がそれなら、沙伎は簡単に他の男を通わせはしないだろう。沙伎の枕辺の戸を叩く男さえ、やすやすとは現れないはずだ。
沙伎の里に沙伎に釣り合うような男はいないし、比売田の男なら阿礼の婆さまの意向を無視することはできない。
沙伎は阿礼のものになる。
沙伎がもっと娘らしく成長し、阿礼の気持ちを打ち明けるにふさわしい年頃になるまで、焦ることなく待つことができる。
その事実はうれしい。
ただ、それが婆さまたちから与えられたものなのは、男として情けない。
阿礼の心境は中々に複雑なのだった。
だからこそ沙伎を妻問う時には、これこそという簪を贈りたい。もっと大人びて美しくなった沙伎にふさわしい、沙伎の婆さまの驚くような品を。
沙伎の歌を聞きながら、阿礼は改めて心に誓った。