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縁組

 長くあけてしまいました

 不定期の投稿となるかと存じますが、よろしければお付き合い下さいませ

 きらきら

 さらさら


 それはとても美しい簪だった。

 阿礼がいつものようにくれたお土産。

 沙伎が密かに期待していた、人形の領巾になりそうな薄布のではなかったけれど、それよりもずっと素敵だった。

 薄紅の花房の垂れる鳥の簪。

 初めて貰ったあの櫛と意匠としては同じでも、遥かに凝った作りだ。

 よく見れば花房は、薄い薄い貝殻を何枚も糸に貫き留めて作られている。自分では髪に挿すのが畏れ多いような気さえするその簪を、阿礼は無造作にサキの髪に挿した。

 花房はサキの耳をかすめて垂れ、かすかだけれど心地よい音が、まずサキを満たす。

 「よかった。よく似合う。」

 冬の間中々戻って来なかった阿礼は、春になって戻ってきた。

 咲き初めた桜の白い花は、新芽の色をうつして遠目にほんのりと紅い。簪の花房はちょうどそんな色だ。


 きらきら

 さらさら


 貝というのは海で採れるものだと聞くのに、どうしてこんなにも花に似ているのだろう。もしかして海では貝が花のように咲くのだろうか。

 耳元で貝殻の花房はかすかにささやく。

 その音に満たされたサキの内側に、花吹雪の景色が広がる。

 光をはじいてきらめきながら舞い落ちる花びら。

 なんだか舞い落ちる花が、いつもこんな音をたてていたような気さえしてくる。

 「気に入ったか?」

 聞いてきた阿礼ににっこりと笑って、サキはお礼を言った。

 今度はサキの番だ。

 冬の間に覚えた物語を、阿礼に聞いてもらわなくてはいけない。

 サキは立ち上がり、歌い始めた。



 年の瀬に雪が降ってから、里はめっきり冷え込んだ。今日も道にはうっすら雪が積もっているのに、阿礼がその雪を踏んで来てくれた事が、沙伎には嬉しくて仕方がない。しかもお土産にとくれたのは、とても綺麗な簪なのだ。


 きらきら

 さらさら


 微かな音は沙伎の気持ちを浮き立たせる。

 まるで沙伎の髪の上にだけ、一足早く春がきたみたいだ。

 一通り歌って、おしゃべりもして、比売田の里へと戻る阿礼を見送って、弾んだ気持ちで家に帰ると、里人がずらりと居並んでいた。

 さすがに全員ではないけれど、主な顔ぶれは揃っている。

 「あら沙伎ちゃん。いい簪をつけておいでだねえ。」

 「本当だ。良く似合ってる。阿礼どのからかい?」

 里人の多くは阿礼のことを阿礼どのと呼ぶ。

 いろいろ世話になっている比売田の里の、大刀自の養い子である阿礼の事を、疎かに扱う者は里にはいない。

 阿礼自身も里のために快く手を貸してくれる若者だという事もある。

 「なにかあったの?」

 沙伎が婆様に聞くと、婆様が沙伎の髪を撫でた。


 きらきら

 さらさら


 つられて貝の簪が鳴る。

 「山狗が近くに出たという話があってな。用心せねばと話していたのよ。」

 山狗は群れで狩りをする厄介な動物だ。一匹ずつは熊のように強くはないけれど、数をたのんで人を襲ったりもする。そうでなくても狩りの獲物を横取りしたりする厄介者だ。

 「ここいらはまだ聞かないけれど、沙伎ちゃんも森に入る時は一人ではいかんよ。しばらくは用心せんとなあ」

 その言葉に、今しがたその森の道を一人で歩いていった阿礼の後ろ姿が浮かんだ。

 「婆様、阿礼は大丈夫? 一人で比売田まで戻ったの。」

 沙伎に会いに来てくれたせいで、阿礼になにかあったらどうしよう。

 うろたえる沙伎を爺様たちが笑う。

 「なんの阿礼殿の狩りの腕は一級よ。山狗なんぞ返り討ちにしてしまうじゃろ。」

 「阿礼どののような立派な益荒男を襲う山狗なんぞそうはおらんよ。奴らは賢いから、自分こそやられて皮を剥がれるだけじゃとわかっておるからなあ。」

 だけど絶対という事はないのではないかと気をもむ沙伎だったが、その内になだめられ、大切な簪を仕舞うために奥へ引っ込んだ。

 「まだまだ子供たと思うておったけれど、もう婿取りも遠くはないな。」

 誰かの零した呟きにみな頷く。

 「もう先方に話も通してある。あちらも後押しして下さるそうじゃ。」

 沙伎は里の大刀自のただ一人の孫。里の伝承を継ぐ娘だ。沙伎の将来は里の将来そのものと言える。

 だが。

 もう、この里はだめだ。

 沙伎と同じ年頃の娘は沙伎を含めて五人しかいなかった。それより下の里人はいない。

 一人は先だっての地震で死んだ。

 一人は比売田の若者の妻問を受け、比売田へ移ることが決まった。

 二人は姉妹で母を亡くしており、他の里から婿入りした父親の里へと戻る事になった。父親の姉が子を産まなかったとかで、そちらで婿を取るらしい。

 残された僅かな娘たちが里を出るのを、誰も止めはしなかった。それどころか良き道の見つかった事を喜び、その先行きを言祝いだ。

 皆、わかっているからだ。

 この里はもうだめだと。

 だが、そうなると沙伎が困る。

 里の伝承を継ぐ沙伎は、このままでは里を出られない。

 里人たちは相談し、比売田を頼ることにした。

 元々は同じように伝承を継ぐ一族であったことで、今までから助けてくれた比売田以外に頼る事のできる他族はない。

 幸いにも比売田の大刀自の養い子阿礼は沙伎と親しい。それどころか沙伎に次々と贈り物を贈り、沙伎の成長を待っているようにも見える。阿礼にならば沙伎を託すことができるだろう。

 大刀自同士の話し合いは幾度も行われ、既に様々な事が決まっている。

 いずれ沙伎を阿礼が妻問った後、阿礼が(みやこ)にある限りは、沙伎は京の比売田の邸に住まうこと。

 沙伎の子は比売田の子となり、女児は猿女の技を学ぶ事。

 猿女の技とは別に、沙伎の知る伝承を伝えて構わない事。

 阿礼と沙伎のつながりをもって、沙伎の里は比売田の里と合流し、田畑も里人も比売田のものとなる事。

 耕すには面倒な田畑、たいして役に立たない年寄りしかいないことを考えれば、比売田には負担ばかりが多いと言われても仕方のない条件を、比売田は快く提示してくれた。

 「長年里人同士の通婚もある。本地は違えどもはや半ば同族のようなものではないか。沙伎というかけがえのない宝まで託してくれるのじゃ。なんの問題もない。」

 比売田大刀自は笑って請け負ってくれたのだった。



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