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 雪下ろし

 年の瀬が近づくと、都にも雪が降る。美しく整えられた板葺の屋根に降る雪は、ふわりと粉を撒いたようだ。

 サキの里でもそろそろ雪が降るだろう。雪支度の手伝いに誰か行っているだろうかと気になった。

 都に上ってすぐの頃にはそんなことにはまるで気が回らなかった。阿礼が出仕した真新しい宮はまだ造営している途中で、都の何もかもがまだそんな感じだった。

 屋根を茅でなく板で葺いた新しい板葺の宮は、阿礼の目には十分に壮麗なものに映ったけれど、安麻呂が筑紫で見た大陸にあるという都の絵には、遥かに壮大な宮城が描かれていたという。しかも壮麗なのは宮城だけではなく都そのものも美しく整えた路で区切られているのだそうだ。

 「いずれ大王はああいう都を作るつもりでおられるのだと思う。色々と調べたりもしておられるようだし。」

 その都はまさに切り開きはめ込んだように、辺りの山や野とは趣を変えるものになるだろうと言われても、阿礼には中々想像も届かないのだった。

 ただ、都に降る雪は都を飾るように見えることはある。雪の中にあっても宮城は宮城で、雪に埋もれればひっそりとその中の一部のようにも見える比売田の里とは確かに違っていた。

 雪が降ればその雪を降ろさなければならない。

 そこは里も宮も違いはなく、宮の雪を下ろすのは舎人たちの仕事だ。雪下ろしは面倒な仕事だが人気がないかといえばそんな事はない。宮の中を垣間見ることができるからだ。

 美しい采女などを見かけると誰でも心躍るらしく、雪下ろしのあった日には見かけた采女の話で盛り上がる。阿礼はいつも真礼を見かけることはできないかと考えていたけれど、中々そう上手くはいかなかった。

 その日も早朝から、阿礼は朋輩と宮々の雪下ろしに回っていた。板葺の屋根は足場として滑りやすいのが残念だが、その分雪も落ちやすい。落とした雪を集めて山にすると、童殿上の子供たちが上って遊びだしたりする。都でも里でも、そんなところにはほとんど違いがない。

 子供と言っても宮廷に上って小間用など務める子供は華やかな衣を着ていて、それが雪と戯れている様は采女とはまた違った、華やいだ光景を作っている。

 阿礼にしてみると童女の無邪気さには、いまだに自身よりも人形を着飾らせるのを喜ぶサキを連想させるところがあって、采女を垣間見るよりも子供が遊ぶのを見守る方が好もしい。他にも子供好きの舎人などは、上から雪を降らせて子供を喜ばせたりしていた。

 ふと、一人の男が目に止まった。

 がっしりとした上背のある男で、室内から子供たちが遊ぶのを見ている。佇まいは静かだが、特に微笑んでいるわけでもないのが気にかかった。

 まとっている衣はしっかりと厚い絹地の綿入れで、見るからに上等なものだが派手ではない。男本人の印象と同じように手堅くどっしりとしている。

 「おい、あれは誰だっけ?」

 一緒に雪をおろしていた同僚に囁くと、同僚は派手に仰け反った。

 「お前、いい加減にしとけよ。御門だぞ。」

 遠目にしか見たことのない大王の顔を、阿礼は覚えていなかった。

 里で言う大王というのは古い言い方のようで、都ではすめらぎとかすめらみこととか言うことが多い。しかもそのまま口に出すのは憚って、御門とか主上などと申し上げる。

 御門というのは宮殿の門をその主になぞらえているのだが、初めてはっきり見た御門は、雪をも自らの飾りに見せる板葺の宮にふさわしい方に思えた。

 安麻呂が言っていたことも頷ける。この方ならば切り開きはめ込んだような別世界の都を作り上げてしまいそうだ。

 ふと、目が合いそうになって、阿礼は慌てて目をそらし、作業に戻った。

 貴人をじろじろ眺めるのは不敬にあたる。まして高い位置からだ。

 ざくりと雪を切り、下へ落とす。落とした雪が危険でない程度に小分けにしながら。黙々と作業を続けながらも、阿礼は御門の視線を感じていた。



 最近の阿礼は仕事が引いたあとに市を覗くことが増えた。京みやこに上った直後はちょいちょい覗いていた市も、なんだか面倒くさいような気持ちが先にたって、だんだん足が向かなくなっていたのだが、現金なもので沙伎の事を気にしだしてから、再び足繁く通うようになったのだ。

 その日も阿礼は沙伎が喜びそうなものはないかと探しながら、市を歩いていた。最初に思い浮かべたような簪はなかなかなく、あってもかなり高価で買えない。

 こつこつ貯めてもいるが、里に戻ることが増えた分小さな出費もかさんで、中々思うような金額にまでは貯まらななかった。

 市の隅にはいつも商売をしているわけではない、地方の行商人が粗末な店を並べている。意外にこんな店に掘り出し物があったりするもので、阿礼も時間のある時にはよく見てまわる。今日の阿礼には幾分かの運があったようで、良さそうな品を見つけることができた。

 それは麻布に盛り上げられた貝だった。

 おそらくその麻布に包んで運んできて、ただ広げただけなのだろう。薄くて小さな、小指の爪ほどの薄紅色の貝殻がひとつかみ程無造作に盛られている。

 一緒に並んでいるのは魚や海藻の干物などで、その貝殻が明らかに異質だった。

 阿礼は用意していた麻糸を出した。

 しっかり紡いである丈夫な糸で、長さもかなりある。試しに貝殻と干し魚三匹と交換しようと持ちかけると、貝殻と干し魚一匹なら応じると言う。そこでしばらく話し合い、貝殻と干し魚二匹で話を決めて、阿礼は糸と引き換えに魚と貝殻を受け取った。

 干し魚はもちろん食うつもりだが、貝殻は沙伎の土産にしようと思う。

 これだけ薄ければ小さな穴ぐらいはすぐにあけることができるだろう。いくつも連ねれば女官がつけている簪のように、舞えば揺れてなるような飾りを作れるのではないかと思う。

 沙伎に初めてやった櫛が、花房をくわえる鳥の意匠だから、合わせた意匠にしてもいい。妻問の品としては不足だが、まだ子供っぽい沙伎を妻問のはもう少し先になるだろう。阿礼はそれよりも早く、さらさらと揺れる簪をつけた沙伎を見てみたくなっている。

 簪部分は雪の降る前に枝おろしした紅梅の枝をとってあるので作ればいい。切った内側がほんのりと赤くて意外なほどに美しかったのに心惹かれて、とっておいた一枝だ。

 阿礼は少し明るい気持ちで家路についた。

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