綻ぶ
地震の後にやっと里下がりをしてきてくれた阿礼は、それ以来ちょくちょく戻って来るようになった。
ふた月に一度とか、三月に二度。時には月に一度帰ってくる事もある。
そして帰って来るたびに沙伎に京の土産を買ってきてくれる。
最初の櫛はとても髪が梳かしやすくて、しかも可愛いのでお気に入りだ。
あとは淡く山藍で染めた糸で編んだ髪紐や、綺麗に磨き上げた木の簪。中でも沙伎が気に入っているのは掌に乗るほどの小さな人形だった。
木で彫った頭は、結い上げた髪に口元に紅を挿した愛らしい媛だ。その頭と、首でつながった胴体だけが木で作ってあって、その胴に端切れの着物を着せてある。
人形はとても小さいのにちゃんと京風の裙に背子、被礼まで肩にかけている。端切れの小さな衣装でもそれはうっとりするほど愛らしかった。
その人形を貰ってからは人形に新しい衣装を縫うための端切れを買ってきてもらうのが楽しみになっている。
ちくちく、ちくちく。
沙伎は小さな衣装を縫っている。
もうすぐ秋になるからと、淡く梔子で染めた布で新しい上衣を縫っているのだ。
背子は前に貰った布で縫い上げた茜色。山藍でそめた裙を合わせよう。
他にないから領巾は淡赤でいいかな。
今度、阿礼が帰って来るのはいつだろう。お土産は領巾にできそうな薄布の端切れだと嬉しい。
ううん。
お土産なんてなくてもいい。
阿礼が帰ってきて、沙伎の歌を聞いて、お話をしてくれるなら。
沙伎が縫うのは人形の服だけではない。
今、初めて自分で織った布で、自分の裙を縫っている。人形のみたいな優美に裾をひく裙ではないけれど、それでもちょっと長くした。ずいぶんとしなやかに布を織れるようになったので、きっとまわればふわりと広がるだろう。沢山ひだを取れるわけではないから、大きくは広がらないだろうけど。
いつかは沙伎の織った布で、阿礼の着物を縫ってあげたい。出仕の時に阿礼の着物を縫った婆様の布のように、本当にしなやかな布が織れたら縫ってあげるのだ。
「できた。」
縫い上がった上衣を頭と胴体だけの人形に着せて、その上から裙と背子を着せる。そうすると人形は本当に愛らしい小さなひめになるのだ。
婆様に習った歌に小さな、親神の指の間からこぼれた神の話があったけれど、きっとこのぐらいの大きさなのではないかと思う。
阿礼のいる都にはこのような美しいものを纏ったひめがたくさんいるのだろう。
早くまた、阿礼が帰ってくればいい。
そうしたらこの人形の着物も見せられるし、新しく覚えた歌も聞いてもらえる。
早く、阿礼に会いたい。
沙伎は人形を自分の荷物を入れたかごの上に座らせると、髪に挿した櫛をとり、前髪を結んだ髪紐を解いて、髪を梳かしはじめた。髪はマメに梳かすと綺麗になると教えてくれる者がいたのだ。
ゆっくり、丁寧に梳かすと、髪はさらさらと音をたてる。毎日丁寧に何度も髪を梳かすようになってから、ちょっと髪に艶が出てきたような気がする。
丁寧に、丁寧に。
髪を梳る沙伎の事を、婆様がそっと見ていた。