表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/69

1-8 妙な信頼感

 「ねえ、慎司くん。参考までに聞くけれど、救助要請案と草原ベースキャンプ案は成功の見込みが低いと思ってるのよね?」


 相変わらず妙な信頼が重いです美里委員長。救助要請案だとかベースキャンプ案だとかこれまでの会話になかったよね? なんで知ってて当然って表情と口調なの? それに、すでに検討済みだとどうしてわかるの? ねえねえ?


 ダメだ。久々の再会で思考までが学生のノリになってきた。完全に美里委員長のペースだなこれは。だが負けん。鉄壁のポーカーフェイスと口調で迎撃だっ!


 「不可能とは言わないけど、実現可能性はかなり低いと思ってるよ」


 嘘ではない。実際に一番最初に考えた。学園全体の意思統一が可能であるという前提ではあるが。それは今日のグダグダな学園内会議を知っている美里委員長の方が前提条件の段階で厳しいと思っているだろうが、敢えてそれが成った前提で話すべきだろう。


 「まず、現地の人たちへ救助要請を出す事についてだけど、手順としては精鋭を養成した上で学園の防衛班と救助要請班に分ける。そして救助要請班が街に到着してから現地領主か冒険者ギルドに救出部隊の派遣を願う。そして学園の食糧が尽きるまでに救出部隊が到着したら彼らと共に魔素濃度の濃いエリアに入るまでに魔石活性化を完了し街に入る」


 「あなたの口から聞くとやはり問題だらけね」


 「だよね。第一の問題として、精鋭を一部とはいえ送り出すことによってただでさえ3つの魔獣魔物勢力に囲まれているこの学園が無事である保証がないね」


 「そうね。ある程度は精鋭部隊のレベリングで削るとしても、微妙よね」


 「第二の問題は、救助要請班の生存確率だね。携帯はないし、オレが知る限りは通信の魔法とかスキルなんてないから安否の確認も出来ない。最悪の場合は救助要請班の壊滅と残留組の餓死ってことになるね」


 「救助要請班の班長があなたなら高確率で街まで到達しそうだけど……」


 「まあ、行くなら当然全力を尽くすけどね。そして次が最大の難関かな?」


 「領主なりギルドなりが救出部隊を派遣してくれるかよね」


 「だね。相応の金銭の拠出があれば冒険者ギルドは依頼を受けてくれるかもしれないけど、領主はかなり厳しいかな」


 「あれ? 私としてはギルドの方が厳しいと思ってたんだけど」


 どうやら意見が分かれたらしい。といっても、オレとしては相応の金銭という条件が厳しいと思っているので正確にはどっちも厳しいというのがオレの意見である。


 「まず、領主が要請に応えた場合、動かすのは騎士と兵士になると思うんだ。だけど、この街は救助要請班が突っ切らなければならない魔素濃度の濃い渓谷エリアの押さえという役割があるせいで、多数の騎士や兵士を動かせないと思われるんだよね」

 

 「あぁ、魔素濃度が濃いということは高ランクの魔物が発生しやすいということね。時には大量の低ランクの魔物を従えて街に押し寄せるという……」


 「うん。魔物の氾濫って奴だね。これを国内に入れないことがこの街の領主の最大のお役目だろうから、数百人規模の要救助者を助けに行けるだけの兵力は動かせないと思う」


 「う~ん、そっか。領主を転移者の知識を餌に動かせないかと思ったけど、こっちと同じで物量的に厳しいのか」


 「だね。それに時間制限のある中で転移者の有用性を証明するのは難しいよ。転移者という概念すらないんだから」


 「ほら、そこは口から生まれたという噂のある藤堂慎司君にお任せすればね!」


 ひどい言われようである。ここは怒ってもいいのではないかと思わないでもない。ただ、とりあえず抗議の視線を送った時に見えてしまった美里委員長の影のある眼差しでその気は失せてしまった。彼女なりに折り合いをつけようと敢えて軽口を叩いていることがわかってしまったからだ。仕方ない、ここはオレが折れよう。


 「まあ、やれと言われればやってみますけどね。それでも領軍だけでは物量的な問題があるから。貴族間の借りとかを無視して他領へ応援要請してくれても、その場合は時間がネックになるよね」


 「上手く行きそうにないわね。でも、冒険者ギルドの方も難しいわよね。私たちこの世界のお金持ってないもの」


 「確かに銅貨1枚すら持ってないけど、それこそ嵩張らない換金可能なモノを街で売ればそこそこのお金にはなるんじゃないかな?」


 領主に知識を売るというよりは手っ取り早いと思う。知識の真偽を確かめるには相応の時間が掛かるが、モノの売買なら鑑定と商談時間だけだ。


 「確かにそうね。何か売れそうなものがあればいいのだけど」


 「ほら、そこは皆に聞いてみればいいんだよ。誰か一人くらいこの世界で大金持ちになるべく必要な情報を集めてるよ。もしくは異世界転移や転生関係のアニメや小説を読んでる生徒に意見を出してもらってもいいしさ」


 悪友その1がこっちに来てたら嬉々として意見を出してくれただろう。とはいえ、同窓会メンバーが揃ってこっちの世界に来ていたら、美里委員長個人だけを引き込んでそのメンバーだけで街を目指していただろうけど。


 「あれ? この問題はクリア出来そう? 」


 ちょっと嬉しそうな美里委員長には悪いけど、やっぱり厳しいんだよね。


 「冒険者は依頼内容と報酬が釣り合ってれば受けてくれる人が現れるだろうけど、数百人規模の要救助者に対する救助部隊ってどれだけ必要? 」


 「あぁ。ここでも物量的問題なのね。そして領軍と冒険者の合同部隊もやっぱり厳しいのね」


 「だね。貴族よりは冒険者の方が融通が利く分マシって程度の差だね。そうなると救助要請班の人員を大幅に増やすことになるけど、そうなるとその分の精鋭養成に掛ける時間が長くなることと、学園残留組の戦力低下の問題が発生することになる」


 あっちを立てればこっちが立たずである。そしてベースキャンプ案という、全員で魔素濃度の濃い峡谷エリア手前の草原でキャンプ地を形成して魔物の多い峡谷エリアから魔物を釣ってくるなり、キャンプ地周辺の草原エリアで狩りをする案も実現可能性は低い。なぜなら、大量の死傷者が見込まれるからである。草原エリアはゴブリン、オーク、フォレストウルフよりも高ランクの魔獣が闊歩する危険エリアである。峡谷エリアよりはマシとはいえ、そんな場所に大量の人間が集まればただの魔物ホイホイである。それを精鋭部隊で守り切れるとは言えない。血が流れればそれにつられて新たな魔物を呼ぶことにもなりかねない。


 また、2案の折衷も大して名案にはならない。


 「つまり、守りたい相手が守れなくなるわけね」


 一通り話し終わっての美里委員長の一言は誠にその通りである。乱戦になれば特定の個人を守るのは難しい。結局、今選ばなければ運を天に任せることになりかねない。それでは事前学習の意味がない。ここからは生存競争なのだ。この世界に住む人々と同じで。







 最終的に美里委員長は人員選別を了承してくれた。選別に時間が欲しいということだったので、3日後の夜に食堂棟の美里委員長の部屋で彼女の選んだ相手と面談することになった。とはいえ、彼女の連れて来た人員を拒否するつもりはない。それが嫌な思いをさせてしまうことになる彼女に対してせめてものオレの気持ちである。


 「半ば騙すような形だしな」

 

 美里委員長に別れを告げて食堂棟を辞し、藤見湖を東周りで藤堂館への帰路を行くオレはようやく安堵する。爺様、そして親父譲りの詐術もようやく終わりだから。これをやると自分が魑魅魍魎渦巻く世界の一員であることを自覚してしまい気が滅入るのだ。だから出来るだけ私欲のために使わないように気を付けている。今回使ったことに対する言い訳をするなら、美里委員長に語ったことがウソではないということと、美里委員長と彼女に近しい者たちの安全度を上げるために行ったということだろうか。


 「女々しいなあ、オレって」


 自然と苦笑いとなり、頭を掻いてしまう。


 「全員の魔石を魔素中毒にならない程度に活性化させることは不可能である、か」


 確かに嘘は言っていない。ただし、10日後、1月後はどうか。正確な時期は予測できないが、その時は来る。生き残った者たちだけであれば十分に活性化できると判断出来る日が。


 今夜美里委員長に選別を迫ったのは、その日が訪れるきっかけとなる争乱が発生した時に逃げ場を用意することが秘めた目的の1つである。彼女の性格上、子供たちを保護するために己の身を危険に晒しかねないため、あらかじめオレのところへどうしても守りたい子たちを連れて逃げるという選択肢を与えておきたかったのだ。


 まあ、エスパー美里のことだから、お見通しだろうけど。


 その上で選別を了承したということは、引き際を間違えることはないだろうと思う。心から安堵した。


 うん。オレも美里委員長のことを言えないな。彼女には妙な信頼を置いている自分がいるのだから。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ