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1-7 佐野美里

 「まったくなんて腹立たしい!あなたは無事を知らせに来るのが遅すぎるし、学園は学園で外部に人間を襲う敵が2000以上もいるのに碌な対策も打ち出せないばかりか周りを非難したり責任のなすり合いよ!? せめて警戒の不寝番くらい立てなさいっての!」


 オレの頭上から周囲に響かない程度に声を抑えつつも怒りを最大限表現する声が聞こえている。最後にこの器用な表現方法を見たというか聞いたのは藤見学園高等部卒業式後に行われた内輪の卒業パーティーの時まで遡る。6年8カ月ぶりである。非常に懐かしい思い出だ。三つ編みお下げだった中等部時代や、急に大人びてきた高2の秋頃の美里委員長が思い浮かぶ。今は視線を下げているために見えないが、再会直後は彼女が風呂上りということもあって一瞬目を瞠るほどの色気があった。職務上というか、家系上というか、とにかく藤堂家嫡男のポーカーフェイスを僅かでも崩すとは中々の美貌と色気である。感服眼福。


 もうすぐ21時になろうという今、オレは学園施設群中央に位置する中等部および高等部のある本校舎の東隣に建つ食堂棟を訪ねている。1、2階が食事エリア、3、4階が教員を除いた職員の生活スペースとなっている4階建ての建物である。そこで職員に警戒されつつも美里委員長に取り次いでもらい、彼女の許可の下プライベートルームへと招かれ、ざっとではあるが互いの情報交換を終えたところである。そして現在進行形で集団転移直後に連絡しなかったことを怒られ、さらには学園内部が早くも崩壊の兆しを見せていることの愚痴を聞かされている。まあ、一応オレのことを心配してくれていたのだろうから黙って正座で拝聴している。


 「|慎司≪しんじ≫くん。相変わらず人の話を聞き流してるわね!?」


 どうやら6年8カ月経ってもオレの行動はお見通しらしい。拝聴とはいっても右から左に流しているのだから。まあ、それくらいできなければあのクセの強いメンツのクラス委員など務まらないだろう。彼女にとっての問題児筆頭のオレが口に出すとさらに愚痴が長くなるので黙秘権を行使するが。


 「わかってるわよ。愚痴はもう御終いにするわ。それであなたはこれからどう動くつもり?」

 

 流石は美里委員長。オレが積極的に学園内部に口出ししたくないことまでお見通しらしい。それならば話は早い。オレは彼女と彼女が信頼する者、そしてどうしても一緒に居たい者を纏めて勧誘すべく頭を上げる。しかし、甘かったようだ。目が合った瞬間に質問を変えてきた。


 「ううん、先にこれを聞いてみたいわ。慎司くんが居なかったとして、730名の内何人が最寄の街まで辿り着けると思う?」


 美里委員長はオレを問題児であると認識しながらも、妙な信頼を寄せてくれている。そのきっかけが中等部2年の春に起きた出来事であることや、彼女が確信に至ったのとオレが借りを作ったのが高等部2年の修学旅行時の事件であることも理解している。そして、この質問は……オレがどこまで係わるかで大きく生存率が変わるであろうと考えているからだろう。美里委員長の妙な信頼が重いです。


 とはいえ、学園内部が不穏な事がわかっただけで、誰がどの程度の知識や力を持っていて、それをどう使うつもりなのかといった情報が皆無である。それでは予測のしようがない。だからその通りに答える。


 「流石にそれはわからないよ」


 「全員とはいわないけど、大勢が助かる道はあると思う?」


 美里委員長もあの世界でかなり情報収集しているのだろう。道中の危険は承知のようだ。それに、いくらオレが妙な信頼を寄せられているとはいえ、強大な力が必要なことがわかっていてなおオレを評価するということは、敢えて漏れさせているオレの2倍以上に増大した保有魔力を感知できる程度には魔法の訓練もしてきたということがわかる。やはり美里委員長が欲しい。だからせっかくの信頼を失わないように正直に答える。


 「ないね」


 「そうよね、流石にないわよね」


 どうやら美里委員長もわかっているようだ。いや、わかっているから苛立っているのだろう。オレと違って2年半以上も学園職員として働いている彼女には懇意にしている教職員や、調理部と吹奏楽部の副顧問をしている関係で生徒とも交流があるはずだ。簡単には見捨てられないだろう。それでも現実は見ないといけない。だから敢えて口に出す。


 「美里委員長も知ってるだろうけど、オレたちがいるのは異世界アメイジアの中央大陸南東部で完全な未開地だ」


 「そうね。藤見湖からみて西にゴブリン、東にオーク、そして南にフォレストウルフ」


 「うん、そしてオレたちが進むべきはまずは南。その後針路を西に変え、最後に北上だね」


 「ええ。南以外の3方向が険しい山に囲われている囲繞地だものね。山越えは装備、体力、敵性勢力の3つの問題で厳しいわ」


 「だね。竜種のいる山越えなんて無謀だからね。だから、山を避けるルートだとこれしかない」


 「わかってるわ。でも、順調に行っても20日。道なき道を進むことや、魔獣の存在を考えると1月以上掛かるかもしれない」


 「そうだね。今の学園生、特に中等部は間違いなく耐えられない。全滅の可能性が高いんじゃないかな」


 「そこで『オレたち』って言わずに『学園生』って言ったのは優しさなのかしら?」


 本当に聡明な女性だ。オレの性格を知っていることを差し引いても。


 「正確に言うと、今のオレでも無理だけどね」


 「でも明日のあなただったら、ううん、10日後のあなただったら?」


 「10日間全てを費やせるなら道中の魔獣の大半は追い払えるかな。相手が1体ずつ出て来てくれるなら」


 「そう。それでもBランク1体が限界なのね」


 「流石に短期間でそれ以上は無理だよ。それに、人は眠らずにはいられない」


 「確かにね。だから学園内部にいる私にある程度選別しろって言うのかしら?」


 「そうしてくれるとありがたい。何人かの先生はオレも知ってるけど、学園生は全く知らないからね」


 「でも、最終的にはあなたが直接会って決めるんでしょ?」


 「そうさせてもらえるとありがたいな」


 「……」


 ここで沈黙が流れてしまった。当然といえば当然だ。自惚れかもしれないが、彼女からしてみれば現時点で一番頼りになりそうなのがオレだ。過去の実績もあれば、いくつか開示したこの世界に関する情報によって知識量にも期待でき、現時点で転移者唯一の実戦経験者であり魔力感知によってオレの保有魔力も察しているのだのから。そのオレと行動を共にする人員を選抜してくれと言っているのだ。選ばれなかった人間は死ぬ危険が高いかもしれない。それを彼女に強いている。オレは悪人かもしれない。


 「やはり全員とはいかないのよね」


 会話の流れから美里委員長もわかっていると思ったから敢えて省いたが、ここは口に出すべきだろう。全員揃ってこの地を脱することが出来ない理由を。とはいえ、まずは非常に困難ではあるが無理とまでは言えないところから口にするべきか。


 「さっき聞いたことだけど、今の学園は内部崩壊寸前だよね? まだ異世界に来ただけで魔物や魔獣の襲撃を受けた訳でもなく、食糧が尽きたわけでもないのに」


 いまだ被害はゼロなのだ。異世界に飛ばされたこと自体が被害かもしれないが、死傷者がゼロなのは事実である。また、美里委員長の話によれば、今朝の早くに食品配送車が来ていたこともあり、生鮮食品はともかく切り詰めれば2週間以上は3食食べられるらしい。その上、山道1本しか街に繋がっていないこの学園にはそれなりの備蓄食糧がある。味の保証は出来ないが栄養価的には730人を2カ月以上賄えるという。そこに魔獣の肉等が追加されれば数か月保つだけの食糧があることになる。内部崩壊にはまだ早いだろう。


 「つまり、何も起こっていない状態で崩壊寸前のところに魔物や魔獣の襲撃があったら?」


 本当は、嗜好品を巡っての争いであったり、レイプや傷害といった非常時に起きやすい犯罪も挙げようかと思ったが、それを学園職員である美里委員長に言うのは躊躇われた。だから、本命の理由を口にする。


 「まあ、一番の理由は魔素中毒と強化限界の存在だね」


 どうしても731名全員が助かる道はない。巨大な壁があるのだ。


 「美里委員長。オレたちの体内に魔石が埋められている理由は知ってるよね」

 

 完全に沈黙しているということはきちんと理解していることを表している。


 「あの精神生命体がオレたちにしてくれた最大の支援は間違いなく魔石の提供だよ」


 彼の存在はオレたちが異世界に放り込まれるに至った経緯を教えてくれた。オレたちがこのアメイジア世界を知る機会と危地を脱する力をつける機会を与えてくれた。だが、それら以上の支援が魔石提供であると断言できる。なぜなら、魔石はこの世界に漂う魔素という地球人にとって猛毒となるものから守ってくれるガスマスクであり、また、魔法という奇跡を起こす万能燃料たる魔力への変換装置なのだ。


 「今オレたちが無事なのは魔石のお蔭。だけど、初期状態の魔石ではここより魔素濃度の高いエリアでは機能不足なんだよ。特にここから東にある山脈が途切れた地点、さっきの脱出ルートでいうなら、北へ進路変更する予定の地点は数倍以上の魔素濃度だと思われる。つまり」


 「わかってるわ。そこを無事通過するには魔石の活性化が必要不可欠なのよね」


 どうやら説明が長すぎたらしくインターセプトされてしまった。だったら結論だけ言おう。


 「そのためには魔獣や魔物を倒した時に発生する解放魔力を吸収しなければならないけど、731名で上手く均等に分けることが出来たとしても足りないんだよ。仮にだけど、奴らが数を増やしていたり、3勢力以外の野良の魔獣や魔物を倒して全員が最低限の活性化を遂げたとしても全滅必至だよ」


 魔素中毒で死なない程度の強化しか出来なかった場合、高熱でふらついている状態で危険地帯を旅することになる。まず間違いなく襲われて死ぬ。最低でも護衛役が必要であり、護衛役として動ける程度に強化するにはその者たちが中心となって魔獣や魔物を倒す必要がある。必然的に最低限の強化が出来ない者が増える。どうやっても全員は救えない。


 「だからオレは選ぶ。オレと美里委員長、あとは美里委員長がどうしても助けたいと思う人を優先することを。オレには美里委員長以外に親しい人がここにはいないから」


 実際はこの世界に降り立った時にはとっくに選んでいた。なぜなら、1人でも多くの人にチャンスを与えるのであれば、16匹のオークを1人で倒しにはいかない。行ってはいけない。例え戦闘を行うのがオレ1人であっても、養殖対象者を少しばかり後方の安全地帯に置いておけば多少なりとも強化出来たのだから。


 人によっては、いや、この地に降り立った地球人の大半がオレを非難するだろう。自分勝手であると。それは事実だ。認めるさ。それでもオレはやめない。非難する者たちがこの問題を解決出来る実現可能な手段を提示するまでは。

 

 美里委員長は僅かに目を細めてオレを見ている。聡明な彼女のことだ。すでにオレが自身の魔石強化を始めていることにも気付いている。それでも彼女はオレを快く思わなくとも非難まではしないはずだ。全員の魔石を活性化させる確実な術が思いつかないからだ。代案が提示出来ない以上、オレが自らの生存を求めることを否定出来ない。彼女はそういう人だ。とはいえ、少しでも他人を強化出来る機会があるなら協力して欲しいとも考えており、オレがそうしないで動いているから不快感を持つ。そんなところだろうと美里委員長並にエスパーしてみる。


 「わかってるわよ。あなたが今の学園内の不穏な空気を予測していて、信用出来ないと考えていることくらい。学園内部にいる私ですらそうなんだから批判もしないし、隔意を持つこともないわ。そもそも、あなたは昔から基本的に自分が会った相手しか信じないでしょ? だから私が選んだ相手とも面談の上最終決定したいって言ったのよね? つまり、条件さえ整えば私と私の選んだ人たちと協力してくれるという提案をしに来てくれたんでしょ」


 うぅ……エスパー返しを喰らった。






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