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1-3 事前学習

 「どうやらこれで話しができるようになったようですね」 


 3分の2程人数が減った聴講席を見渡し、頷く仕草を見せた男性は僅かながら笑みを浮かべ、さらには口調を柔らかくしてオレたちに話し掛けてきた。実際、これまで2回しか口を開いていなかったので、その2回の口調が本来のものであったかは不明だし、そもそも精神生命体である彼が普段から喋ることがあるのかさえ不明であるが。

 

 とはいえ、そんなことを考えているのはオレくらいのものらしく、後ろから眺めているオレからは肩を震わせたり、俯いている学園関係者が大多数であることが見てとれる。それは演壇に立つ彼にとっても同じらしく、残ったものたちを安心させるべく言葉を紡いだ。


 「心配無用です。最低限の情報を与え終えたので彼らの意識を先に新天地へと向かわせただけです」


 つい考えてしまう。最低限の情報とは何か。状況と経緯を教えたのは新天地である異世界に行かざるを得なくなったことを理解させるためだろう。では男性の正体と役割を教えたのはなぜだろうか。


 1つ考えられるのは、収拾がつかなくなりつつあった集団を静かにさせることだろう。演壇に立つ彼ならなんとか出来るのではないかと縋る者たちにそれは出来ないと知らしめるために。送られてきた内容を考えると、オレたちは地球に戻ることは出来ないのだ。素粒子加速衝突実験の暴走事故が起きた直後にオレたちの身体、というよりも湖や学園施設などの周辺環境ごと異世界に送られてしまっており、現在は異世界にいるオレたちの精神に干渉している状態らしい。そのため、オレたちを地球に戻すためには再召喚もしくは送還が必要となるが、それをピンポイント行える存在は地球にも異世界にもいない。そして精神生命体である彼にも出来ない。彼がここに存在しているのは精神生命体であるからであって、肉体を持つオレたちを送還する術を持たないし、仮に出来るとしてもやらない。世界間渡航は世界消滅に繋がり得る禁忌だからだ。つまり、新天地で生きていかざるを得ないことを理解させるためだろう。


 「どうやら理解した者がいるようですね」


 その言葉とともに新たに彼が意図した事柄が脳内に流れてくる。そしてオレの考えが概ね正解であったことを理解した。また、今回は右手を振らなかったことから、どうやら先の2回は演出もしくは苛立ち等を表現する目的で腕を振っていたらしいことも理解した。


 「さて、ここで1つ訂正させてもらいます。先ほどは各世界の知的生命体の存続に興味がないという意識を送りましたが、正確にはそうであるように努めているに過ぎないということをお伝えします」

 

 彼の言葉に困惑を浮かべている者が多数いることが後ろから見てもよくわかる。だが、幾人かは頷いている者もいることからオレと同じように考えているはずだ。


 本当に興味がないのであれば、状況や経緯をオレたちに知らせることはないだろうから。


 仮に、異世界の重力であったり空気成分であったりといった環境が地球に酷似していて、すぐさま身体が適応して生きていけるとしても、右も左もわからない異世界にいきなり放り出されれば精神的ダメージは大きいだろうし、そのダメージを癒す時間があるとは限らない。それでもなんとか心身を立て直すことが出来たとしても12歳から18歳の未成年者が大半を占めることもあり、無一文の状態から生活の基盤を整えられる者の方が少ないだろう。つまり、多くの者が行き倒れることになる。


 一部願望が入っていることは否めないが、おそらく彼は手助けしてくれるつもりなのだろう。ただし、彼に与えられた役割というか規則に反しない範囲で。つまり善意である。だからこそ善意を持った相手の言葉を無視した者たちは最低限の情報のみで退場させられたのだろうと理解することにした。もしかしたら、最初の威圧的な態度もわざとかもしれない、選別的な意味で。理由は……これから行われる彼の手助けが所謂チート的なものであった場合、それを持たせるのは危険だとかそういった理由で。もしかしたら、単に不快に感じたとか、手助け出来る人数に制限があるとかかもしれないが。とはいえ、今はそれを考えるより、彼の言葉に耳を傾け、集中するべきだろう。


 





 


 今、オレは1人でパソコンのようなものを前に佇んでいる。


 地面は白、地平線まで白。


 天井も白、地平線まで白。


 壁はない。


 つまり、白一色である。ちなみにデスクトップ型のパソコンまで白である。流石に画面やキーボードの文字は黒だったが。


 まずは電源を入れる。パソコンが立ち上がるまでしばらく掛かるようだ。ここまで再現しなくてもいいのにと思う。電源コードもないし、あくまでパソコンモドキであって本物のパソコンではないのだから。


 なぜならここはオレの精神世界に彼の精神生命体が接続した状態であり、オレのイメージが作り出した世界だからだ。どうやらオレの初期イメージは7つのボールを集めるアニメに出てくる時間超越の修行空間と異世界転生アニメにおけるお約束であるスキル選択部屋が合わさっているらしい。まあ、オレのイメージ次第でいかようにもカスタマイズ出来るらしいのだが。ただし、彼の精神生命体の有する知識を引き出す端末であるこのパソコンについては例外である。精々がノートパソコンやスマホ、タブレット端末に変更できるくらいらしい。つまり引き出したい情報は自分で探せということである。そして、この精神世界または魂の世界というべき世界は時間経過に従って環境が悪化するらしい。


 それらのこと踏まえ、また、この世界に案内されるまでの彼の精神生命体の言動を考えると見えてくるものがある。


 「間違いなく彼の者は馬鹿が嫌いだな。オレと同じで」


 正確に言えば、出来る限り自力でなんとかしろということなのだろう。そしてその意思や力のない者たちに差し伸べる手はないということだ。それは残った200人程のオレたちに許された会話の中で強く感じられたことだ。


 「つまり、時間制限付きの事前学習というチャンスをどう使うか試されているようのものか」


 人によっては、助けるのであれば試すような真似などするなと言うだろう。だが、あくまで善意の機会進呈であるなら、それは進呈者の意向が優先されると思う。誰が誰にどのように手を差し伸べるのかは差し伸べる側が決めることである。


 極論すれば、寄付であったり義援金であったりとしても、どこにそれを行うかで選択しているのだ。


 100万円を寄付するとする。難民への食糧支援に使うのか、風土病へのワクチンに使うのか。それとも地震や台風といった自然災害による被害に対して行うのか。両親または片親を亡くした子供の支援に使うのか、交通事故の被害者や犯罪被害者支援に使うのか。どこに手を差し伸べるかはその人次第だろう。そして今回、自然現象で世界間渡航をする者ではなく、事故の被害者としてオレたちが手を伸ばされたということだ。加害者もオレたちと同じ地球人であるが。それはともかく、先に退場させられた者たちは、彼の者が自分たちに手を差し伸べようとしていたことを知らなかったとはいえ、手を振り払ったのだ。そこに、手を差し伸べられたオレが何かをいう筋はないだろうと思うことにした。文句なりなんなり言うのであればオレがなんとかするのが筋であろうから。そしてその手段を持たない以上口を開くことは出来ない。


 「ダメだ……なんか動揺してるのかオレ」


 非常事態だというのについつい思考があちこち飛んでしまう。非常事態だからこそかもしれないが。 


 「本線に戻そう。間違いなくこの白一色の世界での過ごし方が今後を左右する。今はそれだけを考えよう」


 言霊信仰というわけではないが、ここは発言したことが現実になるという言霊を信じるべく口に出す。そしてオレはこれまでの彼の者の言動をヒントに端末と魂の世界を最大限有効に使うべく頭を働かせ始める。

  







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