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1-2 消滅を危惧する者

 大学の講堂、もしくは国際会議場というのが今オレがいる場所に対する印象である。


 演壇を中心に150度程の扇形に聴講席が設けられており、その聴講席は演壇から遠ざかるほどに高く設置されていることでどの席からも講演者を視界に収めることが出来る。そしてオレが座っているのはもちろん聴講席側であり、演壇から見て左最後方であった。


 「こちらの許可あるまで一切の発言を禁じる」


 この場に来てから数秒と経たないうちに、いや、意識が覚醒して数秒というべきなのかもしれないが、とにかくこの場の印象を意識することしか出来ていないうちに誰も居なかったはずの演台に壮年の男性が現れていて発言禁止を申し渡してきた。


 オレも含めて、数百人と思われる聴講席に座る者たちは虚を突かれたのもあって全員が男性へと視線を向けた。


 「困惑は理解するゆえ、置かれている状況と経緯を伝えよう」


 男性が言い終えて右手を横に振った瞬間、まるで目の前で火花が散ったのかと思うような衝撃を受けた。実際に物理的衝撃を受けた訳ではない。おそらく、男性が何らかの手段を用いて、オレたちが置かれている状況と経緯を脳内に直接送り込んだのだ。そして突然記憶が埋め込まれたことに脳が衝撃を受け、火花が散ったようなと形容した状態に陥ったのだ。


 そして理解した。


 簡潔に言えば、


 藤見湖から70キロ離れた場所にあり、異世界ブームのきっかけとなった素粒子加速衝突実験施設内で事故が起こり、その事故を最小限に食い止めようと機構職員や科学者たちが奮闘した結果、施設そのものは崩壊を免れたがその余波が藤見湖のある盆地を襲い召喚逆流現象を起こした。藤見湖を中心に半径10キロほど、つまり、オレと藤見学園の生徒職員は周辺環境ごと異世界送りとなったというものであった。

 

 脳内に直接送り込まれたと思しき内容を整理するのに数秒を要した。すると、当然のように声が上がる。


 「そ、そんなぁ」


 学園の女性徒と思しき絶望したかのような声が構内に響く。すると次々と声が上がった。


 「なんで俺たちがっ!」


 「実験事故の被害者なんてひどいッ」


 「異世界は本当にあったんだ」


 「異世界転移でチートだよっしゃー!」 


 聞こえてくる声の大半が絶望や怒りの感情をもとに発せられているが、極少数は異世界への逆召喚を歓迎している。そして一際響いた声は演壇に立つ男性へ向けての懇願にも近い叫び声だった。


 「あ、あんたならその召喚逆流とやらを止められるんじゃないか!?」 


 きっとその声の主である眼鏡を掛けた男子生徒は頭がいいのだろう。いや、一番最初に声を上げた女性徒もそうだろう。なぜなら、男子生徒は演壇に立つ男性がただの人間ではないと真っ先に気付いたのだし、女性徒は状況と経緯の伝達を真っ先に理解して反応出来たのだから。


 ただ、本当の意味で賢いとは言い難い。なぜなら……


「警告する。我は発言を認めていない」


 そういうことだ。だからオレは聞きたい事が山ほどあっても自重しているのだ。相手が超常の存在であろうことはすでに理解している。そしてその超常の存在は口調から考えてオレたちとの対話を望んでいるわけではない。であれば今は(・・)大人しく話を聞く姿勢を保つべきである。それがオレにはわかる。この3年間でオレが学んだことの1つであるから。


 もっとも、オレとは違ってまだ若い学園生たちはそうはいかないだろう。そう思ったが、案の定警告を無視する者が多数現れた。


「私たちを元に戻して!」


「ふざけるな!何様のつもりだっ!」


「お、お願いします。なんと力を貸してください」


「おい!まずは話を聞いてからにしなさい!静かにしろ!」


 演壇に立つ男性を超常の存在であると理解した者は哀願または懇願といった声音を出し、男性の物言いに反発する者は怒声を発している。中には無秩序に発言をする生徒たちを宥める教師と思しき声も聞こえてきた。


 結果として数百人が入るこの講堂は静寂に包まれることになった。


 演壇に立つ男性によって。


 彼がしたことは最初にオレたちに状況と経緯に関する情報を送り込んだ時と同様に右手を横に振るっただけだった。そしてこれまた同様に情報が脳内に送り込まれてきた。


 男性の正体と彼の役割についての情報だ。


 男性、いや、雌雄がない精神生命体である彼の存在を男性と呼んで良いのかわからないが、考えても仕方がないので男性と称することにする。おそらく、オレたちが理解しやすいように人間の男性の姿を取ってくれているのだろうから失礼には当たらないだろう。ここまで気遣う理由は当然ながら超常の存在であり、精神生命体である彼の者が内心を見透かすのではないかと恐れているからだ。もっとも、すぐにいまさら表面を取り繕っても意味がないことに気付いたので、無駄な事に思考を割くのはやめる。


 とにかく、男性はオレたち地球人類が異世界と呼んでいる世界、つまり、この6年間で素粒子加速衝突実験施設を利用して召喚してきた剣や鉱石、植物などの属する世界ではなく、数多存在する世界のうちの1つの出身であり、人為的に世界間を繋げることによって起きる世界消滅を防ぐ任に就いていることを知った。


 ただし、地球人類的思考に則った正義の使者というわけでもない。なぜなら、彼らは極論すれば地球人類が絶滅しても構わないと考えているからだ。そしてそれは地球人に限ったことではなく、どの世界の知的生命体であっても同じであり、彼らが最優先とするのは数多存在する世界が崩壊しないことにあるからだ。


 すでに地球人類が存在を確信している異世界に行くことが確定的なオレからすれば他人事に近いが、地球人類は絶滅の危機であることも知ってしまった。自然現象として世界間を移動してしまうならともかく、人為的に異世界に干渉しつつある地球人類は彼らにとって危険極まりない存在なのだ。今はまだ数多存在する世界を消滅に導く程のエネルギーを発生させることは出来ないが、数十年、数百年後にはそれが可能となるらしい。つまり、彼らが地球人類を攻撃する可能性は高い。もっとも、警告は発するらしい。正確に言えば、6年前から警告は発しているし、今回の事故によって藤見湖周辺が消滅した事案についても今後の警告に組み込むらしい。……各国の指導者層および科学者たちの夢の中で。


「人の命をなんだと思ってるんだ!」


「夢の中で警告だなんて信じられるものですかっ!」


 再び送り込まれた情報による衝撃から立ち直った者たちから声が上がった。すでに警告を受けているにもかかわらず。


 もしかしたら新たに情報を詰め込まれた衝撃で少し前の記憶が飛んでしまったのかもしれない。そんな事を考えていると、次々と声が上がった。


 内容的には、人の命の尊さを説いたり、情報自体の信憑性を疑うものだったり、相変わらず異世界行きをなんとかしてくれと懇願するものだったり様々である。


 もちろんオレは一言も発していない。当然である。すでに警告を発せられているのだから。また、彼らの発言を真剣に聞いているわけでもない。聞き流している。感情的になっている者たちの声からなんらかの価値を見出せる可能性は低いと思うからだ。もちろんのこと、低いだけであって皆無ではないし、感情とは知的生命体にとって重要なものであることは確かであるから聞いてはいる。だが、思考の大半は送られてきた情報の精査に向けている。


 結論。彼の者の情報は信憑性が高い。


 精神生命体である彼らがオレたちを騙す意味がないとか、そういう方面での考察もあるにはあるが、オレの中では1つの事実が信憑性を上げていた。おそらく他の学園関係者にとっては逆に信憑性を落としているのだろうが。


 それは夢での警告。


 骨董無形と思われるこのことがオレに確信にも近いものを与えていた。理由は簡単だ。複数の政治家が酒の席でそれを口にしていたから。つまり、オレ自身が直接夢で警告を受けた訳ではないが、警告を受けた本人たちからその話を聞いていたからこそ真実味を覚えたのだ。もちろん、警告を受けるような要職に就く政治家たちが25歳の若造であるオレに語ったわけではない。現在要職にこそ就いていないが、それなりの影響力を持つ親父、代議士藤堂慎蔵(とうどうしんぞう)先生のお付きとして同席というか、後方に控えていたときに聞こえてきた話である。


 つまり、全てが真実であるかの判別は不可能であるが、少なくとも真実味はあると判断できる。そこまで考えていた時、ついに彼が動いた。といっても、今度は左手を横に振っただけだが。


 1000人近くはいたと思われる学園関係者の半数以上が聴講席から消えた。そしてそれを見て恐慌をきたしたのか悲鳴に近い声が上がるも、彼が再び無言で左手を振るったことによって静寂を取り戻した。


 正確な数はわからないが、聴講席に残っている人数は200人前後のようだ。   







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