2-7 被害確認
間もなく午前6時30分。山の上に太陽が顔を出し始めており、藤見学園周辺はかなり明るくなっている。それは周囲の惨状が目に入ることと同義であり、中等部女子寮のあちこちですすり泣く声が上がっている。友人知人がオークの犠牲になった者の沈痛の思いがこちらにも伝わってくる。また、怪我をした者や暴行を受けた者の苦痛の呻き声も聞こえる。
これらを目の当たりにしてオレは少しばかり気が滅入る。この世界に来てすぐに学園に合流する選択肢もあったのではないか。そして合流した上で何かオレに出来る事があったのではないかという考えが奥底から湧いてくる。
しかし、すぐに霧散した。
理由は簡単だ。すでにこのような状況が起こることは想定済であり、オレはそれでもすぐには合流しないと決めていたからだ。
オレはこの学園の卒業生ではあるが、生徒でも職員でもない。藤堂家としての関係はあるが、当主は親父である。つまり、藤見学園に対してなんの権限もない若造である。もっとも、異世界に飛ばされた時点で学園がどうのこうのというのは少々ずれている気がしないでもないが。
それでも日本では未成年にあたる学園生にとっては教職員は身近な大人であり、その大人が運営する学園という組織に庇護を求めたいと思うのは当然だ。その大人たちがどれだけ信用できるかオレには微妙な気がするが。まあ、そこはオレ個人が学園に不信感を持っているからなのかもしれないけど。
とにかく、そんなことを考えているオレであっても、罪のない生徒が亡くなったり不幸に遭ったりしたことを知れば気が滅入るということだ。だからそれを振り払うためにも黙々と作業する。オークの死体の埋め立て作業である。
一部の情報端末に触れることの出来なかった中等部女子寮の娘たちが、ゴブリンは不味くて食べられないがオークは高級豚肉並に美味しいはずだから食料にしようと主張していたが、残念ながらこの世界でそれはない。なぜなら、魔物は全て魔素から出来ており、その肉体は全て仮初めのものだからだ。死んだら体内にあった魔石の最大保有魔力量に応じて風化するかのごとく消滅していく。正確に言うなら、周囲の環境に溶け込むように変異する。つまり野ざらしならば土に接している部分は土に、空気に触れている部分は空気となって固定されるらしい。
「金に触れさせれば金が大量に増えて大金持ち!?」
という声が上がりそうだが、というかオレも一瞬思ったが、残念ながら土、空気、水の3種のうちのどれかにしかならないらしい。ちなみに多様な金属で実験した記録もあり、その全てが水という結果だったらしい。
余談であるが、ゴブリンやオークが性的暴行を加えるというのはあるそうだ。だだし、子種自体が魔素由来なので妊娠の可能性はない。つまり魔物は生殖により数を増やすことはないことになる。
とにかく、食べられないのであれば放置して消滅を待つという選択があるのだが、ゴブリンで3日、オークで1週間くらいで風化が始まるのだが、それまでは通常の腐敗を起こすそうなので焼却か土葬をすることになったのだ。死体を焼却するほどの火力を出す魔法は戦闘後の生徒たちには不可能だったし、魔力があっても再度の襲撃を警戒して使うべきではないということで人力による穴掘りと死体移動を行っている。
もちろん、亡くなった生徒の遺体は別の場所に移されており、きちんと埋葬する予定のようだ。
昼が近づいてきた頃、ある程度中等部女子寮の南側が片付いた時に美里委員長が戻ってきた。彼女はいままで学園施設の中心にある本校舎での会議に出席していたのだ。途中で何度か情報整理に戻ってきていたが事務的な会話しか交わしていない。食欲があるかはわからないが、昼休憩の間にどんな状況なのか聞かねばなるまい。
彼女の表情を見るに、いい話は聞けそうにないが。
今、オレは中等部女子寮1階にある応接室で調理部が用意してくれていたスープとおにぎりを食べてながら話を聞いていた。もちろん相手は美里委員長である。
美里委員長は悲しんでいた。そしてそれ以上に怒っていた。
それはさておき、今回の魔物の襲撃による人的被害である。
高等部男子寮 在籍者180名 死亡者 88名 重軽傷者 55名
行方不明 7名 無傷 30名
中等部男子寮 在籍者135名 死亡者 54名 重軽傷者 43名
行方不明 3名 無傷 35名
高等部女子寮 在籍者180名 死亡者 63名 重軽傷者 74名
行方不明 0名 無傷 43名
中等部女子寮 在籍者135名 死亡者 22名 重軽傷者 35名
行方不明 0名 無傷 78名
教員 在籍者 62名 死亡者 4名 重軽傷者 8名
行方不明 0名 無傷 50名
職員 在籍者 38名 死亡者 6名 重軽傷者 9名
行方不明 4名 無傷 19名
合計 在籍者730名 死亡者237名 重軽傷者216名
行方不明14名 無傷254名
そこに部外者ともいうべきオレが加わる。
「戦争に置いて部隊の損耗が3割を超えたらなんて話があるけど、死者だけで3割、重軽傷者を入れたら6割か」
手元の資料を見ながら呟いたオレの声が届いたのか、美里委員長の表情が沈痛なものになる。あまりにも大きい被害なのだ。いくら別行動を取ろうとしていたとしても、同僚や生徒の被害に悲しまないわけはない。しばらく黙祷を捧げるかのような沈黙が流れる。しかし、時間は有限であるがゆえに口を開く。まずは戦況確認からだ。
「ただ、魔物にも相応の被害を与えられたようだね」
これでも気を使って明るい話題を提供したつもりなのだが、美里委員長の形の良い眉はハノ字のままだ。
「ええ、高等部男子寮と中等部男子寮を襲ったゴブリンは300以上、高等部女子寮と中等部女子寮を襲ったオークは250以上を討ち取っているみたいね」
教職員に関する討伐数が会話にないのは、教員棟、本校舎、食堂棟の3つは殆ど魔物が近寄らなかったからだ。それでも死傷者がいるのは、自分たちの方へと魔物が来なかったことで各寮へ援軍に駆けつけたり、藤見湖に接する場所にある主要7棟には含まれないが部室棟とも呼ばれる運動部の更衣室や用具保管倉庫のある場所へ逃げようとした人たちが犠牲になったものだ。
「それにしては男子寮の被害が大きくないか?」
ゴブリンとオークを比べればオークの方が脅威度が高い。この世界の魔物ランクでいえば、ゴブリンはランク1、オークはランク2に相当する。ランクが1上がるごとに危険度は2倍になると考えておいて間違いない。つまり、オークに襲われた女子寮側の方が危険であったはずなのだ。襲ってきたのが全部ノーマルタイプの魔物であればだが。
「順番に説明するわ。まず、ゴブリンの数だけど、暗がりということもあって証言に幅があるんだけど、だいたい500から800程だったらしいわ。率いていたのはおそらくゴブリンジェネラルが3匹。50匹ほどのゴブリンメイジを率いるのが1匹と、高等部の襲撃を指揮したのが1匹、中等部の襲撃を指揮したのが1匹ね。それと、ほとんどノーマルタイプのオークが相手だった女子寮とは違って、ゴブリンは魔法を使うメイジを先頭に押し立てて攻めてきたみたいの」
どうやらゴブリンジェネラルは思ったよりも頭がいいらしい。グギャグギャいうだけの雑魚ではないということだ。最初に最寄の高等部男子寮へ全軍で押し寄せ、挨拶代わりなのか先制攻撃なのかとりあえず50匹ものゴブリンメイジで一斉魔法攻撃を行ったらしい。その後ゴブリンジェネラル率いる一隊が攻撃を開始したそうだ。ちなみに魔法の多くはゴブリンの得意属性といえる土魔法だったようだが、中には火魔法や風魔法を使う個体もいたらしい。もしかしたらそれらの属性が得意なオークやフォレストウルフとの小競り合いで見て学んだのかもしれない。
高等部への挨拶のあとはゴブリンメイジの部隊と、もう1匹のゴブリンジェネラル率いる一隊が中等部男子寮へと向かい、やはり魔法攻撃後にゴブリンジェネラル率いる一隊が襲い掛かったらしい。
「それでゴブリンメイジ率いる魔法部隊は遊撃隊として2棟を行ったり来たりねえ。思ってた以上に厄介だな」
「ええ。しかも男子が抵抗を強めるとジェネラルが出張って来て部隊を鼓舞してたみたいだから」
指揮官として有能であるとしか言えない。しかも敵対勢力であるオークが引き上げたと知った瞬間に撤退する冷静な判断までもみせたらしい。これ、オークよりゴブリンの方が手強くないか?
オレの疑問にはエスパー美里が反論してきた。
「オークジェネラルだって侮れないわよ。あなたが指揮した魔法攻撃が危険だと判断して退いたんでしょ? どっちも強敵よ」
そうだった。
「確かにそうだけど、オークは自勢力の8割に当たる400を出してきて、損失が250だよ。数だけで言えば半減だからかなり勢力は弱まったはずじゃないかな」
中等部女子寮から退いたのがおよそ50。それに僅かに遅れて高等部女子寮から退いたと思われるのがおよそ100だった。ちなみに討伐数は中等部が190弱、高等部が60強だ。オレが槍で始末した分と最後の火勢わっしょい攻撃の分だけ中等部の戦果が多い。オレが関与した分を除けば男子生徒は善戦したのかもしれない。女子寮は両方とも陥落間近だったのだから。
「思ってもない事言わないで貰えないかしら。流石に今の心境だと疲れるわ」
あ、美里委員長にダメだしを喰らってしまった。確かに無神経だった。早く調子を取り戻して欲しくていつものノリで会話してしまった。
「すまん。無神経過ぎた。確かにオークは油断出来ない。ジェネラルでさえあれだけの判断力があるならキングはもっと賢いと考えるべきだと思う。その場合、キングがコロニーに残った戦力だけでフォレストウルフなりゴブリンなりの勢力を打ち払う自信があることになる。キング自体が強いのか、オークにもゴブリンメイジのような存在がいるのかはわからないけど」
オークは火属性が得意であるとは言われているが、基本的には身体強化特化の魔物だ。精々が小さな火の玉を発する程度でわざわざオークメイジと称する程の魔法使いはいないとされている。だが、ゴブリンメイジが風や火の魔法を使ったという報告から考えると、この未開地で発生した魔物は例外なのかもしれない。
基本的にこの世界の人々が知っている情報を新聞や雑誌、ブログといった形式にして地球でインターネットを閲覧するかのようにして情報を得られるようにしたあの精神世界の情報端末から取得した知識が正しいとは限らないことをオレは知っている。情報を扱うプロとまではいえないが、将来政治に関わる事を強制されていたオレはネット上の情報の多くが事実とは言い難いことを教え込まれている。
「ううん、慎司くんがどういう意図でテンポよく話を進めようとしているかはわかってるから」
美里委員長はそう言ってくれるが、察してくれるからと言って甘える訳にはいかん。ここは真面目に話そう。
「まあ、とにかく戦況と現況はだいたいわかった。問題なのは今後の方針だね」
一部の教職員と各寮の代表者たちが集まっていた午前の会議では方針策定に至っていない。
そこは被害の大きさを考えれば責められないと思う。一応は警戒要員を各施設の屋上などに配置しているし。ただ、オレにとって問題なのはなぜか部外者であるオレが『藤見学園非常事態対策会議』に召喚されていることだった。




