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2-1 ゴブリン狩り

 異世界2日目の朝を静かに迎えることができたオレは朝食を簡単に済ませ、蔵にあった短槍を片手にゴブリン狩りに出発する。


 ゴブリンのコロニーは藤見湖の西20キロにある。だが、目的は昨日のオークの哨戒に対して行ったのと同様であるため、とりあえず藤見湖南西10キロ余りを目指して移動を開始する。その際、藤見学園から姿を見られないように少し大回りしていく。現状、積極的に学園に関与するつもりはないからである。多少知識と魔力があっても、ただの卒業生が教職員や生徒の仲裁やら方針策定に大きな影響を与えられるとは思えないからだ。見捨てたと思われても構わないとさえ思っている。


 もっとも、学園が魔獣や魔物の襲撃を受け、旗色が悪そうな場面に出くわせば微力ながら参戦するつもりはある。見捨てたいとまでは思っていないことと、美里委員長が心配であること、そして、あわよくば合流してくれるメンバーの信頼を得られれば良いという打算があるからだ。


 我ながら善人からは程遠い人間であると呆れ、やはりオレは藤堂の名に相応しい人間のようだと理解し憂鬱になる。


 

 


 出発から90分と少しが経過したところで藤見湖から南西10キロの地点に到着したことがわかった。今回の事故によって異世界に送り込まれたのは藤見湖を中心とした半径10キロ。つまり、10キロを越えた瞬間に植生がガラリと変わるのだ。


 これまでは落葉樹中心であり、季節柄紅葉によってカラフルで鮮やかな木々が目を楽しませてくれていたのだが、この先は深緑一色であった。それに、木々の間隔が狭く、常緑の葉によって日の光がかなり遮られていて暗く不気味ですらあった。


 「長柄の槍にしなくてよかったな」


 オレは持ってきた武器の選択が誤りでなかったことに安堵した。単純に、移動距離がそれなりにあるので邪魔になるだろうと3メートルを優に超える長柄の槍を選ばなかっただけなのだ。


 「太刀もこの環境だと使いにくいな」


 比較的低い位置に枝が張り出しているところも多く、振りかぶっての斬り付けは思わぬ障害に阻まれる可能性があるのだ。突き主体の短槍を持って来て正解であった。


 「昨日の失敗を繰り返さないようにっと」


 自らに言い聞かせ、なるべく気配を殺しながら前へと進む。魔法での索敵を封印していることから、その分五感を研ぎ澄ますことに集中する。これも身体強化の応用だ。スキル的には五感強化とかシックスセンス的なものだろうか。


 そして敵を発見した場合、相手が少数であれば奇襲を行う。それも叶うならば喉を突きたい。そうすれば大声を上げられないだろう。いくつかの奇襲パターンを脳内でシミュレーションしながら慎重に進んで行く。

 

 およそ40分後、やはりツーマンセルがコロニー周辺の哨戒の基本なのか2匹のゴブリンを発見した。どうやら先に見つけることが出来たようだ。念のため、見える範囲に他の魔物が居ないか確認してから2匹の様子を探る。


 身長的には140センチ程だろうか。やや緑がかった肌と額に数センチほどの角が1本生えているのが特徴的である。あとは痩せているのに腹が出ているところと腰蓑姿であることか。武器はこん棒というには細く、枝というには太い木を持っている。おそらく、身体強化しているオレにとっては直撃の殴打を受けても軽い打撲程度で済むと思われる。気を付けるべきはやや尖っている尖端で急所を突かれることと、大声を上げられることだ。

 

 ここまで冷静に考えられれば大丈夫だと自分で自分を評する。実戦も2度目ともなれば落ち着けるようだ。では始めよう。狩りの開始だ。





 

 と心の中で言ってみたものの、数十メートル先のゴブリンに突進すればすぐに気付かれて声を上げられる。高密度で木々が生えている場所を移動中の相手にピンポイントで魔法を当てるのも難しい。だからオレは奴らの進行方向に先回りしてから身体強化ランク5を活かして木に登り、気配を殺して奴らが近くを通るのを待つ。運よくほぼ真下を通過した奴らの後に飛び降り、即座に1匹の延髄を突く。


 一瞬で1匹を屠ったオレはすぐさま隣の奴にも短槍をお見舞いする。


 あまりにも呆気ない幕切れであったが、完璧に熟すことが出来た。まるで暗殺者にでもなったような気分がしたが、すぐに経験値増量作戦へと移る。あまり触りたくはないが、両手で2匹のゴブリンの右胸に手を当てて治療魔法の初期段階である治癒対象へと魔力回路を繋げる作業に入る。対象はもちろん魔石である。そして接続を果たした瞬間から解放魔力を自らの魔石に取り込む。実際の治療魔法ではこちらから魔力を流すのだが、回路さえ繋げばその逆も出来るのでは? ということで試して成功したのがこの作戦の肝である。


 「知識としては知っていたけど、体感的にもオークの半分くらいかな」


 吸収できた解放魔力からそう感じる。魔物の戦闘力としてはオークはゴブリンの3倍と言われるが、それは体格の差であったり魔力の応用力もあると思われる。


 実際、この世界では魔力が多いイコール強いとはならない。魔力はあくまで事象を引き起こす燃料であり、それを用いる者の知識と想像力、技術がモノをいう。その点、オレたち地球からの転移組は知識チート持ちといえる。なにしろ、現代の義務教育を受けた者は中世の学者に匹敵すると言われている程なのだ。文化・科学レベルが地球での中世並のこの世界では最上級の知識人である。高等部の化学教師なんか最強の魔法使いになれる素質がある。同じようにアニメやライトノベルで想像力を鍛えられている者たちにもそのチャンスがあるかもしれない。


 考え事をしている間に吸収が終わる。本当ならここでゴブリンの胸をナイフで抉って魔石を取り出していきたいのだが、今回もそれはやめておく。解放魔力が抜けきって空になった魔石でも街に行けば買い取ってもらえるのだ。魔獣や魔物の討伐証明として報奨金を貰える上、魔石自体が魔力を再度籠めれば優秀な充電池にもなるし、溶かして各種道具類の魔力回路にも使える資源なのだ。だから通常は回収する。なぜしないのかというとオーク同様に人型の魔獣であることを忌避しているわけではない。魔獣や魔物同士の抗争であるように偽装したいからである。ノーマルタイプのオークやゴブリンでは知性が低くて気付かないかもしれないが、上位種になれば魔石回収が人間による仕業であるとバレる可能性があるからだ。ここは放置一択である。


 「ちょっと気が咎めるけど、死体の偽装もしておかないとね」


 槍の一突きで死んでいる遺体ではフォレストウルフの仕業に見せかけられない。心を鬼にして死体を風魔法で裂く。特に槍跡を誤魔化すためにウィンドカッターではなくウィンドプレスで首筋を破壊しておく。肉を食べたように見せかけることは出来ないので、ジェネラルやキングクラスが見れば訝しむかもしれないがこれは仕方ない。心を鬼にしてもゴブリンの死体に噛みつきたくはない。


 「さて、あと数組は同じように狩りますか」







 8組16匹。これが今日の成果で昨日のオークと同じである。


 しかも、吸収できたであろう魔力量も同じ位に感じる。オークに比べて半分程度しか解放魔力がないはずなのにだ。上出来である。オークの時のようにやらかさなかったということが大きいが、多少は吸収に慣れて効率が上がったのかもしれない。他の魔法と違って経験値増量作戦は精神世界で訓練できなかったので効率向上の余地が大きいのかもしれない。もしそうなら朗報だが、今はまだ結論を出せないのがもどかしい。


 もっとも、今はそれ以上にもどかしいことがある。


 オレは地球に比べて2倍ほどもある異世界のお月見と洒落込もうと藤堂館の南東にある櫓の上に来ていたのだが、そこから見える学園が問題なのだ。


 別に、火災が起きているわけではないし、生徒や教職員が争って魔法が飛び交っているわけでもない。いくら学園内が不穏と不安に包まれているとはいえ、異世界2日目で限界に達して物理的な争いに発展することはない。


 7棟ある学園の主要建物のうち、中央の本校舎、その左右の職員棟と食堂棟の3つは月明かりに照らされているだけで問題ない。また、最東部に位置する高等部女子寮とその隣の中等部女子寮も完璧とは言い難いが概ね問題ない。問題は最も西に位置する高等部男子寮とその隣の中等部男子寮である。高等部は3部屋、中等部は4部屋で明かりが漏れているのである。女子寮の方もよく見れば少し漏れている。


 「指示が徹底されていないのか、それとも馬鹿なのか。……まさかわざと魔物を誘引しようなんて考えてないよな?」


 月明かりがあるとはいえ、夜にそれ以外の光があれば注目を集めて当然である。確かに藤見湖を中心に周囲は山に囲まれているとはいえ、魔獣や魔物の群れが山中に偵察を送り込んでいれば人の存在を容易に知ることが出来る。自分たちの縄張りの近くの環境がいきなり変わったのであれば状況確認に動いて当然だろうになぜ警戒心が薄いのだろうか。

 

 集団転移からすでに34時間が経っている。オレにとってはこれまで全くこの地に魔獣や魔物が流れ込んでいない方が不思議なくらいなのに。

  

 苦々しく思っていると、視界が狭まったように感じた。空を見上げると巨大な月が雲によって隠されつつある。


 「暗雲とかこのタイミングでやめてくれよ」

 

 




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