3話
いつも通り学校に行って放課後、私は中学2年生来の友人である久乃朋加と帰り道のファミレスに来ていた。
「はぁ……」
「あんた最近一段とため息が多いわねぇ、なんかあった?……てか、なんもないからか」
「分かってるなら聞かないでよ、だいたい朋加にだって責任あるんだからね?」
「え、あたし!?いやいやあたしは悪くないし!あのとき全然仲が進展しない~って泣きついて来たのは五月でしょ?」
「そ、そうだけど……だってたっくん私が何しても気にしたそぶりすらないし、必死だったんだからしょうがないでしょ……」
「う~ん、押してダメなら引いてみなって言ったけど、あんたがここまで下手だとは思わなかったわ……」
私の愚痴を聞く朋加は心底めんどくさそうにファミレスの安いポテトをつまむ。
まあ、ほんとにめんどくさかったらこんな話に付き合ってはくれないんだろうけど。それでももうちょっと真面目に聞いてくれてもバチは当たらないのではないか、と私はまたため息を一つついた。
話は中学まで遡る――――
進路も決まり後は卒業するだけとなった中学生活。だけど私にはやり残したことがあった。それは幼馴染である羽柴大樹との関係についてだった。
彼とは家が結構近くで小さいときから交流があった。小学校に行くときも帰るときも一緒、帰ってからは公園に集まって色々な遊びをした。もちろん二人だけじゃなくて大勢で遊ぶこともあったけど私は彼と一緒だったら何でも、何をしても楽しかった。
しかし思春期になるとそんなこともなくなる、ということはなく、小学生高学年になっても相変わらず一緒だった。中学に上がると彼がバスケ部に入ったので放課後遊ぶことが減った。それ以外は一緒に登下校したりよくお昼を食べたりした。
ただ周りの環境は変わった。
男女が一緒に遊んでいたらそれは彼氏彼女、というのが思春期真っ只中の中学生の常識で、私たちはよくからかわれた。
彼は頑なにそんなんじゃない、ただの幼馴染だって否定していたけど、私からすればなんでそんなに必死なのかよく分からなかった。これだけ一緒にいるのだからもう恋人みたいなものだろう、と。
実際いつからかそういう関係になりたい、もっと彼に近づきたいと思うようになっていた。私は彼のことが好きだったし、彼もそうだと勝手に思っていた。
だけど私たちの関係が変わることはなかった。
そんな私にアドバイスしてくれたのは親友の朋加だった。
「いつも一緒にいるからあんたのありがたみ?ってのが分からんのよ。たまには突き放してみたら?押してダメなら引いてみなってね」
その言葉は私からすれば目から鱗だった。
小学校から一緒でこれまでケンカとかもした記憶はない。その彼と距離を置いてみる、というのはどうなるのだろう。私は案外うまくいくのではないか、彼が私の大切さに気づいて向こうから何か言ってくるはずだ、と能天気なことしか考えずせっかく同じになれた進学先の高校で実際に行動に移した。
結論から言うと作戦は大失敗に終わった。
一旦距離を置くと今度はどのタイミングで話しかければいいか分からなくなったしまった。それでも依然として彼から何かアクションを起こしてくることは無く、悶々とする日々が続いた。一時、彼がいきなり話しかけて来なくなった私についてどう思ってるか探りを入れてみた。すると彼氏でもできたと思っていたらしい。流石にそれを知ったときは脈がなさすぎて家で泣いてしまった。
つまり私は何の進展もなく、というより最初の立ち位置から動いてすらいなかった。
そして話はファミレスに戻る。
「まあ向こうも彼女なんていないんでしょ?だったらまだチャンスくらいあるんじゃない?」
「いない……と思うけど……」
「思うってあんたそんな話もしてないの?」
「してないっていうか今さら聞きづらい……」
「ヘタレか!知ってたけど!」
「もうダメなのかなぁ……諦めた方が楽なのかも……」
「いまさら吹っ切れれるんならとっくに別の男に行ってるでしょ。あんたかわいいんだから選び放題なのに、そうしないってことはあいつ以外五月にはいないってこと」
「うん、なんか慰められてるかよく分かんないけどありがとう……」
「はいはい、どーいたしまして」
その後も朋加に愚痴りまくって家路についた。
いつもの道をひとりで帰る。もう慣れたことだけどさっき散々話していたからか少し寂しいと思ってしまう。
家の前につくと外からでも分かるほどスパイスの効いた香ばしい匂いが漂ってきた。今日の夜ご飯はどうやらカレーらしい。
「ただいまー」
家に入るとより一層いい匂いがしてきた。私の母である七宮小枝が作る料理はどれも絶品なので、夜ご飯を想像すると急にお腹が減った気がして私はそのままリビングに向かう。
「あら、おかえり。もうすぐご飯できるから着替えてらっしゃい」
「うん、わかった」
逸る気持ちを抑えて二階にある自室に行く。
制服からラフな部屋着に着替えるとちょうど仕度が出来たようで階下から私を呼ぶ母の声が聞こえてきた。一つ返事をして下に降りるとテーブルにはカレーがよそられた器が二つ置かれていた。父は夜勤が多く帰ってこないことの方が多いので、基本的に七宮家の食卓は私と母の二人で囲むことになる。昔はよく幼馴染が来ていたのだけど、今ではめっきり無くなってしまった。
いまさら何思い出してるんだろ、だめだなぁ。ちょっと朋加に吐き出したくらいで弱気になってる……。
明日もいつも通り学校がある。ちゃんとしないといけないな、と一つ伸びをしていざ食べようとスプーンを持ち上げたときだった。
――ピンポーン――
「あら、誰かしら?」
「んー、なんだろね」
家のインターホンが鳴り響いた。一体どこの誰だと少し腹が立つ。
せっかく食べるとこだったのに……。
この時間の来訪は予想がつかないが、恐らく私ではなく母の方に用があるのだろう。実際、先に席を立ったのは母だった。玄関に歩いていく母を見送りながらおあずけを食らったお腹をさする。別に先に食べていてもいいのだろうけど、せっかく母と二人の食事で私だけ先に食べ始める、というのは気が引けた。
どうせすぐ終わる用だろうと待っていると、玄関の方から母の驚いた声が聞こえてきた。
「やだ、久しぶりじゃない!こんな時間にどうしたの?」
「あ、いや~、ちょっと夜飯に困ってまして……」
「え?夜ご飯?そんなの家で食べていきなさいよ!て、そのつもりで来たんでしょ?ふふ」
「そう言われると返す言葉もございませんです……」
「全然いいのよ~、五月も嬉しいだろうしね」
玄関先から聞こえてきた声は懐かしい聞き慣れた人のものだった。すぐに誰が来たのかわかったはずなのに理解するのが遅れる、というより突然すぎて身体が固まってしまって何も考えれなくなる。
まさかと思ったがさっきの今で来るとかあるの。いや、そんなの聞いてない心の準備とかしてない無理無理無理――――
私が動揺している間に母たちの会話はヒートアップしていく。
「いや、五月となんか最近喋ってなくて……気まずいっていうか、五月が嫌だって言うなら全然帰りますんで……」
「あら、あのたっくんラブの五月が?ケンカでもした?」
「ラブって小枝さん、俺と五月はそんな関係じゃないですよ……」
「そうなの?私てっきりあんなことやそん ――――」
「だー!もうお母さん何言ってるの!?」
何か母がすごいことを口走りそうだったので固まっていた身体を無理やり動かして会話に割り込んだ。
いや、ほんと何を言おうとしてくれてるのよ……。
しかし、勢いで飛び出したのですっかり忘れていた。母の口がこれ以上余計なことを吐き出す前に止めることには成功した。が、目の前にはもう一つの問題が目を丸くしながらこちらを見ていた。
「お、おう。五月久しぶりだな……」
「は、はは……。そ、そうだねたっくん」
声から分かっていたがやはり今宵の訪問者は幼馴染の羽柴大樹――たっくんだった。
「あ、ありがとうございます」
テーブルの上には三つのカレー。一つ増えたカレーがなんだかとても愛しく見えて口元がニヤついてしまう。
「あんた何ニヤニヤしてんの気持ち悪い、せっかく大樹くん来てくれたんだから。そんなんじゃ振られるのも無理ないわね」
「ちょ、お母さん!?そんなんじゃないってさっき言ったでしょ!
ご、ごめんねたっくん、無視していいからね?」
「う、うん、大丈夫大丈夫……ははは……」
なんだかノリノリな母に向かって怒鳴る。
せっかく久しぶりに来てくれたのに何を言い出すんだいきなり……。
しかし、大きな声を出したせいかガチガチに緊張していた身体がほぐれてリラックスできた。
そうだよね、せっかく来てくれたんだからもっと楽しくしないとだよね……。
「じゃ、じゃあ、食べよっか!」
「お、おう、そうだな!」
「なに~、二人とも大きな声だして。ま、冷める前に食べましょうか」
三人でいただきます、と手を合わせていよいよ食べ始める。
カレーをすくって一口。口の中に広がる特有の香りとスパイスの匂い。やはり母の料理に間違いはないな、と頷く。ちらりと対面を見るとたっくんも美味しそうに食べていて、私が作ったわけでもないのにとても嬉しい気持ちになった。
「うまい!やっぱり小枝さんの料理は美味しいですね」
「そうだね、美味しい」
「そんなに褒めても何も出てこないわよ?」
そういう母の顔はしかし、満更でもなさそうだった。
ほんとうに久しぶりに幼馴染と一緒に食べた夜ご飯はとても美味しかった。
その後三杯も食べたたっくんにつられて私もおかわりしてしまった。カロリー的なあれがあるけど今宵くらいは無礼講だ。許せ明日の私よ。
ご飯を食べ終えるとたっくんは帰るらしく、せっかく来たんだからと母が引き留めたが、一人暮らしの身なので色々やることがあると帰っていった。
もちろん私ももっと話をしたかったけど、久しぶりで緊張していた私に気をつかってくれたのが分かっていたから、名残惜しかったが笑顔で見送った。
それでも今日たっくんがいきなり来て、少し話をして一緒に夜ご飯を食べた。その事実が私にとってとても大事なことだった。
よし、明日からまた一から頑張ろう。とりあえずは……。
「お母さんー?お父さんが使わなくなったお弁当箱ってどこにしまったっけ?」
そう、私と彼との過去は消えたりしていない。またここから始めよう。ひとまずはコレを渡して彼がどんな顔をするか、楽しみだな――――
活動報告更新。




